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NTLive「コリオレイナス」感想

リハビリ企画第一弾行きます!さて本年から始まったNTLive!英国立劇場が英国の質の高い/最先端の舞台を厳選して英国のみならず世界にスクリーンを通して発信しようという素晴らしい企画。日本での興行を成立させてくれたTOHOシネマズさんにたいへんに感謝している。TOHOシネマズカード作りましたよ!通いますw

NT Live日本公式サイト

さて今回観たのは「コリオレイナス」 昨年上演されたばかりの新しい舞台だ。なんせ主演はいまをときめくトム・ヒドルストン!それが僅か250席の小さな舞台で臨場感たっぷりにシェイクスピアのローマ史劇の英雄譚を演じるというのだから世界中のファンガールが殺到したよ。当日券には徹夜組がでたといってましたな。世界的大スターのトムヒが主演する芝居が僅か250席の小さな小屋にかかって2ヶ月間(2013/12 - 2014/2) 最前35ポンド、立ち見7.5ポンドで観られるってものすごい英国の演劇力を感じて羨ましいです。

閑話休題。250席の劇場ったら青山円形劇場が350席くらい。ここで観ると本当に俳優さんが近くて息遣いまで感じられるくらい。まさしくライブ感抜群。映像で見ると最前列と演技空間の段差も無く目前で役者さんが演技してる。そんな近くにトムヒが!ファンガールなら気絶しちゃうかも!すんごいなあ。そりゃ徹夜組もでますって。

coriolanus official site

NTLiveでは本編に加えて解説や制作者・出演者インタビューも上映される。今回もトムヒやゲイティス兄の役柄、作品への取り組み方。美術・演出家へのインタビューが面白かった。

上演されたドンマー・ウェアハウス劇場はその名の通りバナナ倉庫を改装して作られた劇場。非常に倉庫倉庫している空間に、ものすごくシンプルな舞台セット。というかほぼ椅子だけなのだ。通常その椅子は舞台の後ろに配置され出番のない役者がそこに座っている。役者は椅子と共に登場し、そのレイアウトでそこが議会になったり広場になったり戦場になったりするという趣向。あとは梯子。梯子に上り下りすることで戦闘をあらわす。壁には落書き(グラフティ)が投影される。役者の台詞や民衆のアジテーション、心理状態を表して刻々と変わっていく。

衣装はほぼ現代の普段着、甲冑やベルト、アクセサリーなどでシンプルにローマを表している。でもヒールはいてたり、結婚指輪してたり、役者の生の顔を垣間見せるようにもなってる。

演出・美術ともありがちなシェイクスピア現代風アレンジといった感じで新味は感じないけれど、役者はトムヒを筆頭にみな質が高く、その生の身体だけでシェイクスピアの世界を体現することには成功しているのが素晴らしい。

もひとつ閑話休題(すまん)。 この袖にひっこまない演出方式は野田地図の「贋作・罪と罰」でもやってたけど役者さん休めないので大変だなあと思いました。

さてコリオレイナスはシェイクスピア晩年の史劇。王制から共和制に移行した当初の古代ローマが舞台。衆愚政治の愚かさを描いている...といわれるが、有体に言うと器の小さい英雄が考えなしに行動した結果ローマを危機に陥れた顛末を描いた悲喜劇だよね。民衆側があまりに愚かに描かれていることもあって戯曲を読んでもあまり面白みを感じなかった。だから正直トムヒやゲイティス兄が出演していなければこの舞台(映画)を見たかどうか疑問。

しかし観てみるもんだにゃあ。二幕三時間強の芝居だけど、演出に緩急をつけて飽きさせない。この戯曲の本質が民衆の愚かさを描いたものではないということもよくわかった。なにより役者さんがみな素晴らしい!以下感想羅列

・冒頭、打ちっぱなしのコンクリートの床に子供(コリオレイナスの子)が赤のペンキで方形を描いていく。おや、この枠内で芝居をするのかな?と思ったけどそうでもなかった。後に小さな黒い枠も描かれ、コリオレイナスはそこで裁かれていく。おそらく赤の枠は討議(戦闘)の場で黒の枠は裁きの場。
・ヴォルサイ人との戦いで勇敢な英雄ケイアス・マーシアス(コリオレイナス)は全身血まみれになり傷を負い及び腰の軍を鼓舞して戦い続ける。しかしその戦いは傲慢で独善的。いくら戦闘に勝利したとしてもそれでは人心を掴むことはできない。誇り高くしかし人心を斟酌しない独善的な英雄はトムヒにぴったりだ!
・そして彼の母、猛母ヴォラムニア。彼女がコリオレイナスの心にその傲慢と独善を吹き込んだと知る。この猛母の怨念と威厳に溢れた造形がまるで白石加代子さんのようと話題になっていた。
・蜷川演出のコリオレイナスは2007年、唐沢寿明さん主演で英バービカン劇場で上演されている。このときのヴォラムニアは白石加代子さんなので、今回の造形はその影響下にあるんじゃないのかなと思いました。いやトムヒを喰うほどの存在感で素晴らしかった!
・それにしてもゲイティス兄格好良かったな。コリオレイナスを本当に心配する父のような老政治家メニーニアスを飄々と演じていた。

・この戯曲、どうしたってコリオレイナスに同情はできない。彼に愚弄された護民官や民衆の怒りももっともだし、ふりまわされた敵将オーフィディアスが気の毒でねえ。空っぽの器に気高く高慢(noble)な魂とカリスマが宿ってしまった悲劇なんだよね。母が吹きこんだ魂の傀儡。彼自身には何もない空しい最期。

・ローマの命乞いに訪れたヴォラムニアに向かってコリオレイナスが嘆く台詞"O mother, mother, What have you done? ..."(ああ、お母さん、お母さん、あなたはなんということをなさったのですか?) を諦念の表情で静かに呟く演出はとてもよかった。彼を彼たらしめた母が彼を滅ぼそうとしているわけだからね。何もかも諦めた彼は本当にただの抜け殻のようになる。
・そしてその咎により彼は「吊るされた男」となり盛大に血を流して果てる。ローマから生まれた彼の血はローマに還るのだ。空っぽの器の完結。それは人類の歴史にも似た -

・よくこの戯曲は姦計に扇動される民衆の愚かさを描いたと言われ、実際私も冒頭のアジテーションでウクライナやエジプトを思ってしまったけど、それだけじゃないんだよね。ここにでてくる登場人物みなそれぞれが愚かで、その愚かさゆえに滅びていく。民衆が愚なのでは無い。人間の本質が愚なのだ。その愚の積み重ねもまた歴史で。
・そんな意味でこの沙翁芝居は究極の通俗劇だよね。いくらでも戯画化できる。だから繰り返し繰り返し演じられるのだ。沙翁生誕450年。人類史に沿う彼の芝居の積み重ねは人類の宝だ。

p.s.てなわけで素晴らしい舞台を見せてくれるナショナル・シアターさんにはたいへん感謝してるけど、みんな言ってるように字幕のプアさだけは何とかしてください。訳あっさりでいいんでタイポだけは本当に。手弁当で校正してもいいって人はいっぱいいると思うよ!


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