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つれづれ卯月 - (Just like) Starting Over

サブタイはマイキングオブ"歌馬鹿"のJohn Lennonの歌から。私のe-カラ(英語縛りのカラオケ大会ね)の定番曲だ!大好き!Let's take a chance and fly away somewhere~♪

てなわけで、日常に戻りつつある日々。気候が良くなって計画停電がなくなったのはうれしいな。電車もちゃんと動いてるし、スーパーマーケットやコンビニの棚も元に戻りつつある。nyaの通うのは一応東京の中心地。通勤時の朝の雑踏に混じりながら、活気が戻った街の有難さを日々かみ締めている。 

でもそんな日々と平行して、東北ではたくさんの人々が不自由な避難生活を送っている。原発では不眠不休の危険な戦いが続いている。未だ万単位の人々が行方不明のまま発見されていない。その現実を忘れてはいけない。心を被災地の方々に沿わせて、日々の勤めを疎かにせず、これからの日本のあり方を考えるのだ。

年度末、弊社も期末だったため、常の忙しさが続いてた。お取引先には被災したお客様や日本のインフラを担うナショナルカンパニーがある。どのお客様も、皆皆真摯にこの未曾有の状況に対処し、弊社の社員がそれをサポートしているのが伝わってきてエールを送らずにはいられない。イントラのWebページに載った弊社の被災した営業所の震災当日のレポート。天井が落ち、電線が垂れ下がる危険な状態で、被災されたお客様と連絡をとりながら翌日営業できるように(家族の安否を確認しつつ)システムの確認と復旧作業を続けたのだ。同僚とお客様を誇りに思う。

あ、4月1日は新入社員もはいってきたよ。入社式はこじんまりと本社の大会議室で。初々しくも誇らしげな新入社員たち。厳しい道のりになるけれど一緒によりよい社会を築いて行けたらいいな。グローバルにヴィジヴィリティをあげていきましょう(なんこっちゃ)

被災した茨城県大洗町のニュースを読んでいて思い出した。nyaは小さい時、気管支が弱く、すぐに熱をだし、年に数回は入院していた。3才の夏、父の役所の保養施設のあった大洗で過ごした。きれいな海辺の街でひと夏を過ごしてだいぶ抵抗力がついた。その後、夏毎の療養は続いていたけれど、どんどん健康になっていった。nyaのはじめての海の記憶は大洗だ。恩返しをしたい。

大洗町災害義援金の受付について

冷却機能を失い。制御することがかなわず、カイブツのようになってしまった原発。震災国日本のベース電力を原発で担うことのリスクを少なく見積もり、それを恒久のインフラと信じ込み、快適な生活と産業の国際競争力を得ていた。でもそれは根本から崩れてしまった。乏しい資源、狭くて利用しづらい国土。リテラシーは高く、勤勉で進取の気概に富む国民性。アジアの辺境の小国が国際社会の中で生き残るために、戦前は植民地政策、戦後は原発を選んだが、どちらも否定されてしまった。

日本の高度な技術力・経済力を生かして今後も国際社会で生き残るには、電力をどのように生成し利用するスキームがあればよいのだろう。もちろん衰退しつつ細々とやっていくという選択もあるが、それだと社会から活力が失われてしまうだろう。

原発は凍結(→縮小)、火力、水力も環境へのインパクトが半端ないからこれも縮小。太陽光・風力・地熱は自然に依存しすぎで安定供給が得られない。この八方ふさがりの状況をどうするか。先週ずっと考えていた。以下は私の妄想だ。

それにはやはりエネルギー効率徹底追求社会が必要だ。いわゆるスマートシティ。国民に個別住宅を許さず全集合住宅とする。集めて住むことでパフォーマンスメリットを生み出すのだ。個別の車も廃止。コミュートは基本は高速鉄道。大規模流通は鉄道もしくは船。首都への本社機能は効率的なので残すが、首都圏拡大は図る(関東圏から一部中部東北地域まで)。ヒートアイランドを防ぐため、都市の緑化は進める。

人口は厳密に管理(強制ではなく優遇措置をとる)。国民は個人レベルで使用エネルギーを管理(規制じゃなくてトラッキング)。日本の売りは工業製品だけでは無い。高級な農産物、海産物とその加工品は魅力的だから生産者は大いに支援すべきだ。そして食料の自給率も高める必要がある。農産物、海産物は安定供給を目指した工場化、養殖を行う。

結果としてできるのは緑多い首都圏のあちこちに聳え立つメガロポリス(巨大都市ビル)。それを結ぶ高速鉄道。地方は管理された農園システム。豊かな漁港と養殖のためのメガフロート。もちろん観光も日本の重要な産業。遺跡や景観(美しい里山や棚田!)は維持に全力を尽くす。

これって古いSFのユートピア(もしくはディストピア)構想だよなあ。でもそこまで徹底管理しないと日本という災害大国で、資源が無い中、安定したエネルギー供給を得て経済を維持できないのではないかとちょっと考えたりもする。

いずれにせよ、まずエネルギーの徹底管理を図り、省電力化を目指す、スマートグリッド、スマートシティーの導入は必須だ。日本では実証実験段階であったが、実現に向けて加速せざるを得ないだろう。否、日本がこの分野の最先端となり、実用的な日本モデルを作り上げない限り、原発で失墜した日本の信頼は取り戻せないのではないかと考えているよ。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

そのまま1本書けそうじゃない。思い切って仕上げたら?

投稿: 246の白い狼 | 2011.04.03 20:10

わあい、先輩、コメントありがとうございます!

へへへー、実はこの構想は士郎正宗先生の「アップル・シード」の人工島オリュンポスであったり、大野安之先生の「That's イズミコ!」にでてきた未来の厚木の姿などにインスパイアされてますー。

いずれも20年以上前の作品ですがいまでも大好きで折々に読んでますー。

投稿: nya | 2011.04.03 21:38

リアルに福島県人の私は今現在、未だ空中に舞っているであろう放射性物質と今後どうやって生きていけばいいのか、皆目見当がつかず、戸惑っています。私だけならいいのですが、幼い子どもがいるだけに。政府をはじめ様々な医者、学者さん達は、直ちに健康被害はない、大丈夫、大丈夫とおっしゃるけれど、言われれば言われるほど、直ちにはなくても十年後にはあるの?とか考えてしまうし、そんなに大丈夫なら、学者さんや政府の人が、1、2ヶ月でいいから、大丈夫という福島に住みながら、福島の地でリアルに「ほーら大丈夫ですよー。私たちもこうやって住んでますからぁ。」というぐらいの説得力のある示し方をして欲しい!と本気で思います。もしあなたの子どもや孫が福島に住んでいたら、あなたは非難させずに、大丈夫だよといって福島に住まわせますか?と聞いてみたいです。逃げ出したくても仕事を辞めたら生活できないし、家のローンは残りまくってるし…。等々悶々と考える日々です。すみませんグダグダと。一刻も早く原発の事態が収束して、nyaさんのお考えになったみなが本当の意味で共に生きられる国になっていくことを願うばかりです。そして願うだけでなく、子どもたちのために、自分ができることを精一杯実行していきたいと思います。

投稿: ここち | 2011.04.03 23:10

ここちさん、コメントありがとうございます。

そしてお見舞い申し上げます。お子様をお持ちのお母様としてのご心配はいかばかりでしょう。首都圏に住むものとしてお詫びの言葉もありません。どうぞお気持ちを強く持ってください。福島は大丈夫です。

放射性物質の障害に関しては影響が現れるまでに長い時間がかかり、そして個人差があります。私個人としては、現時点までに飛散した放射性物質の近隣への影響は、いわゆる食品に含まれる化学物質以下のリスクという認識です。

私の生まれた1960年代は、米ソ中が競って核実験をしていた核の冬の時代です。年に百発以上の原爆が使われ、空中に飛散した夥しい放射性物質は高層に滞留し、やがて「核の雨」となって地上に降り注ぎました。その量は今回の原発事故のものとは比較にならない多さでした。乳幼児の頃に放射性物質に晒されてから50年。私達の世代がん死亡率は、特に他の世代と比較して顕著な兆候はなく、その因果関係は不明です。

とはいえ、原発事故は絶対に収束させなければなりません。日本政府や東電は、世界に助けを求め、人類の叡智を集めてこの原発を鎮めようとしています。この事故は必ず収まります。

今日この事態を招いたのは、日本人(有権者)全体の責任と私は考えますが、だからといって福島の方々によりそれを負わせるのは絶対に間違っています。ご不自由な生活を強いられている方々、不安に晒されている方々のお力になんとかなりたいです。

微力ではありますが、私は自分のできることをやっていきます。ここちさんはどうぞお心をお楽にしてお体を大切に日々をお過ごしください。美しい春はすぐそこです。花粉がおさまったら私も福島に遊びに行きますよ!かつて会津若松や磐梯山、猪苗代湖に観光に行き、とても楽しかった思い出があります。日本酒もおいしかった~。是非また!

投稿: nya | 2011.04.05 07:03

私も1960年代生まれですが、小さい頃には親から「雨には放射能が含まれてるから濡れると禿げる」と、よく言われていました。
あの頃は、なんのことだか良くわかりませんでしたが後になって、当時核実験を
していたからなのかとようやく納得がいきました。
ただ当時は放射能の雨といわれても、怖いというイメージはなく雨に濡れたこともあったし、雨に濡れた野菜も食べてましたが特に何事もなく元気です。
今のように情報があふれていたら、かえって怖かったことでしょうね。

確かに放射性物質を甘く見てはいけないのでしょうけど、広島と長崎に原爆が落とされてからも、広島と長崎で生きてきた人は沢山います。
記録では1ヵ月後には疎開先から子供たちも戻り青空教室が開かれています。
今の時代では考えられないことですが、そうやって生きてきた人が沢山いるのです。
だからそれほど怖がることはないのかなという気がしています。

賞味期限が切れた食べ物でも、次の日食べたら確実にお腹を壊すわけではないで
すから政府の示す基準値は100%安全ということで、ちょっとでも超えれば即危
険という数値ではなのではないかと思うのです。

そうそう、妄想の都市のお話を読んでいたら、昔つくば万博で見たトマトの木を思い出しました。
いずれ農業はこうなって、工場みたいなところで野菜を作る未来はすぐそこだと
思っていたけど、なかなか実現はしないですね。

PS 雛は私の飼っている犬の名前です。

投稿: 雛のご主人 | 2011.04.05 13:25

雛のご主人さん、コメントありがとうございます。

犬の雛ちゃん!(雛くんかな?)雅なお名前ですね~美しい!

おお、雛のご主人さんも同世代なんですね。あの頃は雨に濡れると、子供同士で雨の中を走って「禿げる~」とかやってましたよね。のん気な時代でした。いまデータをみるとチェルノブイリより遥かに多いセシウム等放射性物質が放出されているのがわかり、知らないとはいえ無謀なことをしていたのだなあと思います。

いまは情報が溢れています。しっかりと見極めて怖れずにこの国難を乗り切って行きたいものです。

ふふふーさすが同世代!つくば万博のトマトの木!覚えてますよう。いまは丸の内のビルの地下で、人口光を使った野菜の工場生産が行われており、なかなかに有望です。大地で育ったしっかり味の野菜は大好きですが、安定/安価に供給できる工場野菜とうまく共存させて食料自給率を高めていけたらいいなあと思いますよ。

投稿: nya | 2011.04.05 15:52

はじめまして。遅コメント失礼します。以前ネットでグレンラガン感想を読みあさっていた頃、こちらのブログを読ませていただき、とても感銘を受けた者です。

先日、川崎市の抗議電話のニュースを聞いてすごく落ち込んでいた時、「そういえば、グレンについてすごく鋭いこと書いてた人で、川崎市の人がいたなぁ」と思い出し、再びこちらへお邪魔しました。震災や原発に関するとても冷静ですっきりした文章を読んで、気持ちがかなり落ち着きました。ほんとうにありがとうございます。

私も60年代生まれですが、恥ずかしながら当時の放射性物質の件についてはこちらのコメントを読むまで思い至りませんでした。また、ユニセフへの募金や産地応援についての記事にも感動しました。私は地震以来かなり心が折れてしまって、未だに赤十字への募金ぐらいしか出来ていないのですが、nyaさんのようにしっかりした考えを持って強く生きていけるようになりたいと思いました。

これからも時々ブログを読ませていただければと思います。
創作もちょこっと読ませていただきました。こんなきもちのいい文を書ける人が書かないなんてもったいない!と思います。お仕事等お忙しいとは思いますが、ぜひ、創作も続けていってくださるとうれしいです。

投稿: あわ | 2011.04.16 19:12

あわさん、はじめまして!

コメントありがとうございます。こんな辺境のブログにようこそおこしくださいました。

わーぐれらがの頃からいらしていただいていたのですね!妄想感想をご記憶に留めていただきありがとうございます!

そしてひょっとして川崎市民で60年代生まれでらっしゃいますか?共通点が多いです~。

川崎市の被災地のゴミ処理の受け入れにたいする抗議電話…あれって絶対愉快犯の人たちも混じっていると思いますよ~。川崎市のタックスペイヤーとして私は川崎市の決定を断固支持します。もっともっと被災地のお役に立ちたいです。

しっかりしてるなんてとんでもないです!余震の度に震えてますし、暗くなってしまった渋谷や銀座を見ると心が折れそうになります。私は弱い人間です。

でも被災地の方々を支援し、かつこれからの世代が誇り高く生きていける日本の土台を作っていかなければと思う気持ちに偽りはありません。

基本はゆる~いお馬鹿ブログですが、どうぞこれからも遊びにいらしてくださいね!

投稿: nya | 2011.04.16 23:57

ありがとうございます。
お言葉に甘えてこれからもこちらのブログを楽しませていただきます(^ ^)
あと、ツイッターの方で(中島かずきさん関係のまとめで)お見かけしたので、あとでこっそりフォローさせていただきます。

はい、60年代生まれの川崎市民です。猫の代わりにコドモが1匹います(^ ^;)
ちょうど子供が生まれた1999年、ノストラダムス、じゃなくて東海村の事故があり、身動きできない0歳児を抱えてどうしろというんだと頭を抱えたことを記憶しています。
だから今回、真っ先に福島の方への偏見差別に怒りをおぼえながらも、過去の自分を思い直せば、若いお母さんたちが不安で騒ぐ気持ちもわかるし、川崎市民全体を非難する乱暴な言葉にも悲しくなるし、自分がどの立場でどう考えたらいいのかわからなくなって、ぐるぐるしていました。

でも、こちらのブログを読ませていただいたおかげで、気持ちが整理できてきました。

私はこれから少しずつでも、放射能について正確な情報を知り、周囲の不安で騒いでいる人に落ち着いてもらい、風評被害に負けないよう産地の復興を応援し、推進派VS反対派でののしりあうことは避けつつ、ゆっくり脱原発を目指す動きに一票を投じていきたいと思います。

中学に入った子供は、川崎市と市内の企業が提携して出した「川崎市先端科学技術副読本」なるものをもらってきました(なんだか子供のいる家だけ税金の恩恵を受けているようで、かたみのせまい気持ちですが、将来の納税者を国民全員で育てていると思ってゆるしていただけるとありがたいです)。

第1章は、川崎市と東電が建設している浮島・東扇島の太陽光発電所「メガソーラー」についての解説でした。年間2,100万kWh、一般家庭約5,900軒分の電力を供給できるようになるそうです。

これだけじゃ原発の代わりにはならないとか、海際で津波が来たらどうするんだとか、ソーラーにもまだ課題はたくさんあると思いますが、川崎市が「ああ、あの、福島のごみはいやだと身勝手なことを言った街」ではなく、「ああ、あの、大きな次世代エネルギー発電所のある街だね」で知られるようになったらいいなぁと、市民のひとりとして勝手に夢想しています。

長文失礼しました。今後ともよろしくお願いします。

投稿: あわ | 2011.04.20 17:21

あわさん、コメントありがとうございます!

おお、中学生のお子さんがいらっしゃるのですね。お母様としてご心配なお気持ちをお察しします。不安になって当然だと思います。でもその気持ちをそのままにせず、冷静にご判断しようとされている、その姿勢は本当に素晴らしいです。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

さて、実はびっくりしたことがあります!「川崎市先端科学技術副読本」。この本を作ったのは夫なのです!夫はフリーの編集者です。メガソーラー等、記載されている企業を取材し、記事を書きました。取材の内容は勿論明かしてはくれませんでしたが、準備中にはフィールドワークとして私も川崎の様々な工場に連れて行ってもらいました。工場萌えの夫婦です。

あわさんのコメントを夫に伝えたら、すっごく喜んでいました。今回、原発の事故を起こしてしまった東電ですが、メガソーラー、スマートグリッドなど次世代の発電技術開発に関する投資もハンパなくやっています。

川崎には、より良い未来に向けた技術を絶え間なく開発する素晴らしい企業がたくさんあり、市もそれをバックアップしています。私たちは川崎が大好きですし、それを次世代を担う若い人たちにお伝えしたいと思っています。

何かご不明な点、ご意見などございましたら是非お聞かせくださいね!

投稿: nya | 2011.04.20 21:31

それはすごいです!(^ ^)

あの副読本を読んだら「こんなにいろんな人がいろんなことを頑張っているんだから、絶対大丈夫!」「人間の力、見せてやるぜ!」というきもちになりました。今の技術で勝てるのか、それは分からない、「だが、心だけは負けない。」です(^ ^)

「皆さんが大人になる2020年ごろ……」という文章に『あたらしい憲法のはなし』を思い出しました。日本人が素朴に未来を信じていたころの文章を。

ご夫婦そろって、元気になれる文章の力をありがとうございました。

投稿: あわ | 2011.04.23 16:29

あわさん、コメントありがとうございます!

>「人間の力、見せてやるぜ!」
ふふふのふ、グレラガですね!螺旋パワーで頑張りましょう。

こちらこそ主人の仕事にまでご感想をいただきありがとうございました。とても励みになります。今後ともよろしくおねがいいたしますm(_ _)m

投稿: nya | 2011.04.26 05:01

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