3月11日の東北地方太平洋沖地震で被災された方にお見舞いを申し上げます。被害の全容はまだ不明かつ広範囲で余震が続いております。どうぞ安全を第一にお身体おいといください。未曾有の危機をともに乗り切りましょう。
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3月11日の金曜日。年度末を控えて週の仕事はそこそこ忙しかったけど、金曜午後ともなればすっかり週末気分。しかも夜は宴会が予定されていた。おいしいお店と聞いていたので、私は「仕事が終われば宴会だなあ楽しみだなあ」とのんびり思っていた。午後2時からは部門の定例会議。その週のレポートとアクションプランを各メンバーが報告していた時だった。同僚がふと「揺れてない?」とつぶやいた。
最初はいつもの地震と思ってた。「あ、ほんとだ。揺れてるね」と皆が言っていたときに ― 来た!
ボスが言った。「あ、縦だ!これは大きい!」 すかさず同僚が会議室のドアを開けに走る(えらい!)。揺れは止まらないどころかどんどん大きくなっていきフロアのあちこちで悲鳴が上がる。私は机の下にもぐりこんで震えていた。壁がきしみ、経験したことのない大きな揺れがフロアを襲う。ネットですばやく地震情報を見た同僚が「震源は東北だ!」と叫んだ。
え?関東じゃないの?こんな大きい地震なのに震源は東北なの?じゃあ震源に近いところはどうなっているの。恐怖が私を襲った。前にも書いたが私は東京下町の生まれで、いつか関東を襲うであろう直下型大地震の恐怖を叩き込まれて育った。この大きな揺れが関東直下型でないとしたら、どんな大きな地震が東北を襲ったのだろう。
揺れの真っ最中、「強い地震が発生しています。このビルは絶対に安全です。落ち着いて行動してください。エレベーターは使えません。避難指示があるまで屋外にはでないでください」と繰り返し自動アナウンスが社内に流れていた。
会社の社屋は免震構造となっているため安全であるが、高層階はたいそう揺れる。大きな揺れは収まったが、いつまでも揺れが残り、しかも余震が続いている。携帯は発信規制がかかっているため、秘書さんの固定電話を使って自宅と実家に電話をかけようとしたがこれも混雑のためかからず。同僚たちも当初は家族と連絡をとろうとしていたが電話もメールもほぼ不通とあってあきらめる。30分ほどの会議中断ののち続きを始めるが、余震は頻繁に続き、時折建物がきしむほどの大きな揺れが来るので全く落ち着かず。
落ち着かない会議が終わり席に戻ったのが4時。「都内の交通はすべて止まっているため、徒歩で帰宅できる人は安全に十分注意して帰宅するように」との社内アナウンス。私の家は神奈川県川崎市でとても徒歩帰宅のできる距離ではない。本日は帰れないことを覚悟し、社内のATMでお金をおろし、自販機で水とお茶のペットボトルと菓子パンを仕入れた。同じことを考える社員はたくさんいて、ちょっとした行列。
フロアに戻ると、皆が窓から外を見ている。会社から見えるお台場から黒煙があがっている。よくみるとその他にも複数個所から黒煙があがり、空を真黒に覆っている。「爆発だ!」誰かが叫んだ。遠くに大きな火災が見える。その火が2度3度と大きく膨らむ(コスモ石油のオイルタンク爆発と思われた)。窓からは首都高速も見下ろせるが、閉鎖されているため車が一台も走っていない。オフィスの窓からこんな光景を見る日が来るとは思わなかった。暗澹たる気持ちになる。絶え間なく続く余震の揺れで気分が悪くなり机に伏している同僚もいる。お子さんを保育園に預けているお母さん社員たちが保育園に連絡をとろうとしているもつながらず不安を募らせている。
ただ皆やはり社会人。誰一人パニックにならず気をしっかりと持っているのはさすがだ。私といえば仕事も手に付かず(すまん)。PCを会社のネットから切り離し、自前のe-Mobileでつなげて(つながる!)、NHK@UstreamとTwitterで情報を収集する。東北の被災状況が断片的にはいりはじめる。津波の被害がリアルタイムに中継されており、言葉を失う。
マグニチュードは7.9と発表され、後に8.8に修正され、最終的には9.0となった。関東大震災や阪神淡路大震災よりも遙かに大きな値。日本観測史上最大の想像を遙かに超えた未曾有の大地震が東日本を襲ったのだ。
すでに日が暮れていた。固定電話の輻輳が回復し、やっと自宅と実家と連絡がとれる。どちらも無事でとりあえず安心する。交通復旧の兆しはない。こうなったら長丁場だと多少落ち着いた。イヤホンでNHK@Ustreamを聴きながら、仕事を始める。
夜間になるにつれ、徒歩帰宅する人たちが増えてきた。最初は近隣、そして都内。やがて神奈川や埼玉在住の人たちも三々五々連れだって徒歩帰宅をはじめている。会社では非常用の水と食料が配られた。私はすでに自分で用意していたので受け取らなかった。もらった人に味見をさせてもらった非常食はココナツ味の甘いクッキー(?)でおいしかった。夜がふけるにつけフロアに残っている人は、完全遠隔地の人たちだけになっていった。
余震が続く中、落ち着かない状況で座り続けて仕事をしているのも少々つらい。どうせ今夜は徹夜だろうと、外のコンビニに行くことにした。職場はビルの19階。エレベータは止まっているためもちろん歩きだ。非常階段を下っていくと、ところどころで壁がはがれ落ちて散らばっている。コンビニの棚はほとんどカラだが、カップラーメンやスープはまだ残っていたのでそれを求めてレジに並ぶ。もちろんレジは長蛇の列だが混乱はない。店員さんもきびきびと応対していた。こういう日常は本当に安心する。帰りは喘息がでないよう休み休み階段を上る。日頃の運動不足を実感する。
夜になり、会社のイントラにも状況がアップされた。仙台をはじめとした複数のオフィスで被害が出ている模様。また技術部員が被災されたお客様のシステム復旧にあたっている。TwitterとFacebookでも社員向けの情報、安否確認がされている。被災されたお客様への迅速な対応はIT企業の矜持だ。また被災地域のインフラを担うお客様も多く、インフラの復旧には最大限のバックアップをしていかなければいけない。当面はそれが最優先になるだろう。
Twitterでは盛んに情報交換が行われている。徒歩帰宅者用休憩場所や帰宅難民の避難場所。公共施設、ホテル、オフィス、コンビニやレストランまでどんどん開放されていくのが素晴らしい。また交通復旧状況もリアルタイムにツイートされる。デマや心無いツイートも時折あるけれど、おおむね誠実で互助精神に溢れたもの。ソーシャルメディアは(つながりさえすれば)本当に心強い。
11時をすぎ、半蔵門線/田園都市線が復旧したことを知り、とりあえず身支度をし、かばんの中には水と食料をいれて駅に向かった。まだ本数は少なく、徐行運転、ラッシュアワー以上の混雑であったが、無事帰宅できたのでありました。
家についたのが1時。たいへんな1日であったが、まだ各地で余震は続いており、関東地方も安心はできない。いつでも避難できるよう災害救助用品をあらためて確認した。(ねこまるケージと非常用トイレとペットフードもね!)
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すでに自衛隊による救助活動が開始され、世界中各国からの救援の申し出が続々届いている。常に観ているBBC WorldもBreaking Newsで日本の地震と津波のニュースを流しており、国民の落ち着いた対応と迅速な救援体制をたたえている。私自身も微力であるが救援復興活動に尽くしたいと思う。
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