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のだめアナリゼその4:のだめの夢の変遷と開放【初稿】

前回のRuiアナリゼからすごい時間が空いてしまいすみません。へっぽことはいえ、アナリゼするにはつくづく頭が足りないなあと嘆く今日この頃ですが皆様いかがお過ごしでしょうか?

てなわけで(なんのわけだ)GWにちょっとがんばって「のだめの夢の変遷」についてアナリゼしてみましたよ。例によってアタマワルイ私のタワゴトです。なんだかぜんぜんまとまらずだらだら長いだけなので、どうぞお時間のあるときにご笑覧くださいませ。私ももう少し推敲進めてみます。あ、でもでもつっこみコメントも大歓迎です。どうかよろしくお願いいたします。

ところでIT用語になるのかな。何か(料金、報酬等)に上限を設けることを「キャップをかぶせる(cap)」と言います。上限が無いのは「キャップが無い(uncap)」ね。のだめは自分の才能に「先輩とのコンチェルト」というキャップをかぶせてしまっていたわけですな。

のだめはカイブツ的な音楽の才能を持ち、かつ自らの才能に絶大な自信を持っている。(パリ編からは)たゆまぬ精進を続ける精神力もある。即ち、申し分ないプロの資質をもっているのだ。だからこそオクレール先生も彼女に「プロの自覚」を持たせるための促成指導をしたし、千秋はサン・マロで彼女の才能の開花を予感し「覚悟」もした。それほどにのだめのポテンシャルは凄い。なのに、どうしてのだめは自分にキャップをかぶせてしまったのでしょうか。

その理由は日本編から提示されていました。のだめの夢の誕生とその変遷について日本編から読み解いていきましょう。

ここから先はたたみマス。

■夢の前哨 ~のだめコンチェルトの夢の誕生~

心にトラウマは秘めているけれど、持ち前の明るさお気楽さで暢気に音大生をやっていたのだめが、千秋にフォーリンラブ。俺様だけど面倒見のよい(そして無意識にのだめにベタ惚れな)千秋にまとわりついているうちに、彼の真摯な音楽への姿勢に影響されて、音楽への指向を高めていくのが日本編の序盤だ。

5巻、Lesson27でミルヒーと千秋のラフマ2番のピアコンを聞いて、のだめの中に「オーケストラとコンチェルトをやりたい」という衝動が生まれる。しかし、のだめがすることは、耳で聞いたコンチェルトを自己流で闇雲に弾き込むことだけだ。それに対してミルヒーは「今のままでは無理」という宣告を下す。どんな天才であろうとも、音楽に正面から向き合わなければ何も出来はしないと。

「音楽と正面から向き合う」-それはのだめ物語のごく初期であるこのLesson27で登場し、終盤にいたるまでのだめを縛り続けた呪縛の言葉だ。

のだめは確かにピアノの天才を持ってはいるが、この「音楽と正面から向き合う」という姿勢が決定的に欠けていた。真摯に先人の教えを知ろうともせず、他の音楽と調和することもしない。音楽に埋没しながらも外界とコミュニケートする術を持ってはいなかったのだ。幼い頃に受けたトラウマが理由とはいえ自身の腕に溺れる傲慢ともいえる姿勢である。いわばピアノの野生児なのだ。

そんな野生児のだめに対し、千秋は2台ピアノで彼女に「コンチェルトをする=オーケストラの音を聴きともに音楽をつくりあげる」という姿勢を伝える。のだめは千秋の教えを理解するが、ミルヒーの宣告どおり「音楽と正面から向き合えてはいない」ために、「擬似コンチェルト」から先に進むことなく、そこで満足して「終わって」しまった。

このエピソードは、のだめの「夢のコンチェルト」への前哨である。Lesson3の二台ピアノから、のだめは千秋を通して外の音楽と対話を始めた。そしてこの擬似コンチェルトで、コンチェルトへの志向は決定的となる。

■夢に縋っていくのだめ ~のだめと千秋の物語構造の差~

のだめ物語はもちろん主人公の成長物語(ビルドィングス・ロマン)であるが、通り一遍の成長物語ではない。「動機→目標設定→努力→挫折→成長→目標到達して終了」が、よくある成長物語の基本構造であるが、このありふれたビルドィングス・ロマンを体現しているのは千秋である。一方のだめはどうだろう。比較してみよう。

-千秋物語の構造

1.Sオケ:落ちこぼれオケ→厳しく指導(失敗)→個性を生かした指揮で成功
2.R☆Sオケ:俊英オケ→腰掛な心構えで身が入らず(失敗)→真摯にリードして成功
3.プラティニ国際:百戦錬磨オケ→焦燥と独善でミスリード(失敗)→真摯に音楽を楽しみ成功
4.マルレ:やる気なし練習不足オケ→練習不足で大失敗→真摯な姿勢が団員に良い影響をもたらし成功

-のだめ物語の構造

1.マラドーナ国際:千秋の後を追うためにコンクールに挑戦→注目される(小成功)→ハンパな準備で完奏できず(失敗)→やさぐれる→大川で自己再生(留学決意)
2.パリ上陸:コンヴァト入学→Ruiに影響された演奏でオクレール先生にダメだし(失敗)→千秋にあたる→千秋のピアノで自己再生→オクレール先生のリベンジレッスン留学継続
3.二人旅:千秋とRuiのコンチェルト決定→コンクールへの出場を禁止される(挫折)→千秋に切れる→千秋と二人旅→ベーベ卒業(小成功)→千秋と衝突して二人旅終了(音楽継続)
4.ミルヒコンから二台ピアノまで:千秋とRuiのコンチェルトに打ちのめされる→千秋に逃避プロポーズ(挫折)→ミルヒとコンチェルト(成功)→トンズラ(逃避)→千秋に音楽で連れ戻される(音楽継続)

千秋の物語は非常に判りやすい。短期な目標の設定とそのクリア。目標の実現が小さなカタルシスとなり、新たな挑戦につながるシンプルな成功物語。対してのだめの物語はシンプルではなく、そこにゴールは提示されない。むしろ指導者オクレール先生はコンクールを禁止してのだめからゴールをとりあげてしまうのだ。

ゴールが見えない中で成長を強いられるのだめ-彼女はゴールの見えない修行に疲れ、飽いて、焦り、やがては自分自身でつくりあげた「先輩とのコンチェルト」というゴールに縋っていく。千秋のゴールとのだめのそれはまったく違う。千秋のゴールは次に進むためのステップであるが、のだめのそれは「終わり」である。そこに未来の展望はまったく無い。のだめの「夢のコンチェルト」は彼女の才能にキャップをしてしまう「絶望或いは失意のコンチェルト」なのだ。

■Lesson20とLesson123の相似性 ~ 将来が見えなくなり千秋に縋るのだめ ~

Lesson123、Ruiと千秋の夢のコンチェルトを聞いたのだめが自分の存在を疑い、あげくに千秋に縋った「プロポーズ事件」をはじめて読んだときは本当にびっくりした。自分に自信がなくなり将来が見えなくなったときに結婚に縋る-そんな陳腐な(しかし普遍性のある)逃避方法をあののだめがとるなんて、と。非常にびっくりすると同時に、のだめの存在が一気に近くなった。変態のだめが等身大の悩める若い女性として体温を伴って立ち現れた瞬間だ。

今回、アナリゼの題材として、大川でのだめが千秋に楽しく語っていた無邪気な夢「先輩とのコンチェルト」がなぜ彼女の成長を阻害するキャップに変わってしまったのか読み解こうと日本編から読み返していた際に気がついたシーンがある。

それは4巻のLesson20で語られる。ミルヒーに将来の夢を聞かれたのだめは、昔からの夢の「幼稚園の先生」に加えて、「千秋先輩のお嫁さん」と答える。恋に恋する少女の無邪気な夢だ。しかし、それに対してミルヒーは、極めてシビアに「今のままじゃ、千秋とはいっしょにいれないよ」とのだめに宣告する。

今の自分のままでは千秋といっしょにはいられない。それを聞かされたのだめは千秋に「ずっといっしょデス」と縋るのだ。

これはまさに、(日本編とパリ編のトーンの違いこそあれ、)Ruiと千秋の夢のコンチェルトを聞いた夜ののだめの行動そのものだ。これは何を意味するのか。つまり、日本編とパリ編ののだめはともにこの時点で、この先の展望が見えなくなってしまっているのだ。自分の将来が見えないから、せめて千秋の傍を確保したいというのは、極めて生々しい女性の感情である。日本編ではギャグに終わってしまったそのシーンをパリ編ではさらに発展させて、クライマックスにつなげている。

■のだめのゴールへの到達 

オクレール先生が、Lesson130 p168で語っていた「音楽とともに生きる覚悟を決める」こと。これはミルヒーの語る「音楽と正面から向き合う」とにアリーイコールだ。音楽を自らのうちにとりこみ深め、深く長く音楽に関わっていき、その発展に寄与することだ。音楽は人類の歴史とともにあり、たくさんの天才が音楽に関わり、その継続と発展に寄与してきた。

幼い頃から音楽に関わってきた千秋やRui、リュカが使命として持っているその覚悟を、長く音楽から目を逸らし続け、成人近くなってから音楽に向かい始めたのだめは持ってはいない。のだめの内に眠る音楽のポテンシャルは千秋に出会うことで、外に流れ始めた。しかし、「音楽とともに生きてこなかった」のだめには、彼女の無限のポテンシャルを音楽に向けるということがわからない。混乱した挙句、「先輩とのコンチェルト」という判りやすい卑俗な目的に向けて収束させてしまおうとした。

オクレール先生は、のだめの「気づき」を待っていた。先達が連綿と紡いできた偉大な音楽の中に、音楽の持つ無限の可能性を実感させようとしたのだ。しかし、「小さな目的」を千秋とRuiに実現されてしまい、絶望したのだめをミルヒーはかっさらう。のだめはミルヒーと最高の音楽を奏でるが、彼女の偏狭な視野では、それは与えられたゴールに到達したとしか認識できない。本来ならそのゴールは更なるゴールへの通過点であるはずなのに、のだめ的には「達成したら終わり」のキャップなのだ。

■のだめは開放され高らかに歌う ~千秋との夢のコンチェルトの呪縛からの開放 ~ 

のだめの特徴は「自己修復」だ。大川でもコンヴァト入学時も、いつでものだめは自分自身で立ち直ってきた。のだめがミルヒーとのコンチェルトというゴールを達成したと思い込み、混乱してエジプトへ逃避してしまったのも、その自己修復の一環と言える。混乱の中で、ファンと対話し、月と自己問答し、ブリュッセルで千秋を想い、ヤドヴィとセッションし、幼稚園の先生の夢まで実現してしまっている(その間、足踏みしてる千秋とは大違いだ)。

混乱と絶望の中でも、のだめのピアノは光輝いて千秋を魅了する。のだめの才能は「音楽とともに生きること」をちゃんとわかっているのだ。それをのだめ自身にわからせるため、千秋は行動にでる。二人の出発点である「二台ピアノ」。時は流れ、千秋とのだめの立場も技量も大きく変わっている。その二人が奏でる「二台ピアノ」は確かに過日のそれとは違うだろう。しかし変わらないものもある。それが「音楽でつながる」ということだ。

音楽はのだめと千秋の間だけにあるのでは無い。音楽は、音楽自身を介して、のだめと千秋、ミルヒー、その他たくさんの人々がつながって紡いでいくものなのだ。

のだめは千秋だけではなく、たくさんの人々と出会い、新しい音楽を作り上げることができる。それが判ったとき、ようやく彼女のキャップがはずれ、そのポテンシャルを音楽そのものに向けて開放することができた。

「のだめカンタービレ」は感想の中で繰り返し述べているように、のだめと千秋が「音楽の世界の扉を開ける」物語だ。実はその扉は何枚もある。たぶん千秋は何枚目かで、のだめははじめての扉なんだけどね。音楽は無限で、それとともに生きることは果ての無い旅に身を置くことと同義だ。扉を開けたのだめのポテンシャルがどのように爆発したかは番外オペラ編で語られている通り。千秋はこれからどれだけがんばればのだめとの「夢のコンチェルト」を実現することができるんだろう。まあがんばれ千秋(って結論はそれかっ!)

【推敲中:ちょっと見直して考えます】

のだめアナリゼ目次

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「アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

 nayさま、こんにちは。いいお天気ですね。
 わいわい、本丸(?)のだめのアナリゼですね。同じ様な事をある場所でやっておりまして、余りのタイミングに喜んでしまいました。(個人的な話でスミマセン)
 そうなんですよ。のだめはサクセスストーリーの主人公としても規格外なんですよね。何においても想像の範囲では収まらない飛び抜けた存在を最後まで貫き通したんだな~と今更ながらしみじみ感じておりました。
 王道成功物語を成し遂げた千秋やRuiに比べて主人公がこれ?って声も確かにわかるのですが、最後までキャラクターの特性を生かし続けた話の構成に私は感服。真の天才と言うものはそういうモノじゃないのかな?とも思ったりもしております(超凡人の私が言うのも何ですが…)。
 ではでは、続きお待ちしております。

投稿: 茶々 | 2010.05.09 11:22

おおっ!茶々先輩!コメントありがとうございます。

ぼ、某所ですかっ。是非是非私にも読ませてください~。

今回は非常になやみました。実は1ヶ月以上もこねくり回していて、とりあえずだしてみましたが、まだまだつっこみどころ満載です。

のだめ物語の特徴は、千秋のわかりやすい成功物語が踏み台になっているということなんですね~。それがゆえに一部で、「千秋優遇」「のだめ苦労しすぎ」という声があることもわかるんですが、のだめ主人公だし「覚悟がなかった天才が、すんごい遅いスタートだけど真剣に取り組んで音楽の扉を猛スピードで開ける話」なんですから、苦労して当然なんですよね。

投稿: nya | 2010.05.09 11:38

こんにちは!! いちごみるくです。
久しぶりのアナリゼうれしいです!

私は、マンガは何回見ても同じポイントしかみていないのでこのシーンはあの人の心情を表しているなどと気づきません;
なのでnyaさんのアナリゼはとても勉強になります。

のだめって「少女マンガ」のジャンルにはいるんだろうけど、ただの「少女マンガ」じゃないんですよね・・。
うまく言葉に表せないけど何回も読み直さないと、登場人物の心情が理解できないというか・・  恋愛しておわりっていうんじゃなくて、23巻分以上ある物語の濃さがあるというか・・・
私自身よくわかんないですけど・・・笑

それではこれからも更新頑張ってください!!
次回アナリゼ楽しみにしてます♪

投稿: いちごみるく | 2010.05.09 13:57

いちごみるくさん、コメントありがとうございます!

いや~こんなぐだぐだアナリゼのせてお恥ずかしいです~。どうか生暖かい目でみてやってくださいませ~。

はい~のだめは確かに「少女マンガ」の分類にはいります。ただマンガのフトコロはとても深いので、「ただの少女マンガ」って無いと思います。あるのは「心に響く(気になる)作品」と「そうでない作品」だけで、その基準も人によってちょっとづつ違います。

いちごみるくさんや私はのだめを「心に響く」「気になる」作品として好きになったわけです~。

好きな作品について語りあえるのは、とても幸せなことです。どうぞこれからもコメントや感想お聞かせくださいね!

投稿: nya | 2010.05.09 15:30

はじめまして。ブログを見つけてから、何度お邪魔して拝見させていただいているか・・・。私ももうすぐ五十路を迎えるようなおばさんです。今日は、すごくびっくりしたので、コメントいたします。休日ペットのオウム達の相手をしながら拝見していたのですが、ちょっとの間に新しいアナリゼがアップされ、そしてコメントが次々アップされるのをリアルタイムで見ておりました。みなさん好きなんですね、のだめちゃん。本⇒アニメ⇒映画…と、いろいろな媒体で発信されても本来の輝きを失わないのが本当の名作です。まさに「のだめカンタービレ」は名作ですね。nya様のアナリゼ、感想これからも楽しみに拝見させていただきたいと思っています。気候の変化が激しく、体調を崩す方が多い昨今です。インフルエンザも下火ながらまだまだ罹患される方もいらっしゃいます。どうぞお体に気をつけてください。

投稿: syo | 2010.05.09 18:54

syoさん、はじめまして!コメントありがとうございます!

こんな辺境のブログにようこそお越しくださいました。

おおsyoさんは同世代ですね!すみませんこんなアタマワルイ記事しかかけなくて。もう少し年相応の落ち着いた記事がかえればよいのですが…。

でもでもこのブログにつどう皆様のコメントは素晴らしいですよ!目ウロコばっかりで本当にブログやっていて良かったと思います~。

お気遣いもありがとうございます。連休明けはまた気温が下がりそうです。syoさんもどうぞお体おいといくださいね!

投稿: nya | 2010.05.09 19:50

初めまして。生まれて初めてメールを打っています。
いつも読ませていただいております。のだめや千秋と同じ年頃の子供を持つ五十路の者です。ドラマ.アニメ.漫画.映画と全て見て.こちらのブログで更に理解を深める事ができて.とても幸せです。自由に楽しく弾いて何が悪いのか.から.たくさんの楽しいがある事がわかるまでの壮大で胸を打ちながらも笑わせるすばらしい作品だと思います。いよいよ本命の.のだめ自身の解釈についてnyaさんの文章をよく読ませていただきます.お体大切に。無理なさいませんように。

投稿: すずらん | 2010.05.10 02:07

「心に響く」「気になる」作品、全く同感です。この場面はどの場面と関わっているのか、この表情は何を意味するのか、千秋のモノローグや佐久間のポエムなどetc...気にしなければスルーしてしまいそうなちょっとした場面が気になって、何度も読み返して、「!」と気づいた時のうれしさ、というのがなんとも楽しいのです。

実写化やアニメ化でもそうですが、解釈によってはいろいろな見方ができるので、本当は半同棲している男女の話なのに(思いっきり語弊があります)むしろ、さわやかな感じが漂っていて、不思議なんですよね。もちろん、その辺をしっかり読み取ってsecond storyを楽しませてくださる人もたくさんいらっしゃいますが、いろんな意味で、子供から大人まで楽しめる作品っていうのはなかなかないと思います。

投稿: ぽんぽこぴぃ | 2010.05.10 13:16

先のコメントは本来のものから逸れてしまったので改めて・・・申し訳ありません。

「音楽に対する真摯な思い」というものが見えてこなかったのだめは、日々心が揺らいでましたよね。千秋の背中を押して共に自分も、とコンクールに出場して留学のきっかけをつかもうと決意したかと思えば、失敗した直後の千秋の誘いに冷たく言い放ってしまう。かと思えば、シューベルトのピアノ曲を千秋の励ましで弾ききった喜びやたくさんの聴衆を魅了した楽しさを思い出し、再びピアノに向かう・・・とまあ、日本編だけでなく、フランスに留学してからもたびたび心が揺れ動いて。あげく、「イツマデヤレバイイデスカ・・」「だからもういいでショ、神様ー」
もはや、のだめ自身の力では音楽と共にある(という認識の)千秋の元に戻って来れない状態のなか、千秋が連れ戻した、あるいはのだめを振り向かせた、のはある意味、自然な流れだったと思います。

ところで、今までにも、lesson135についてはコメントさせていただいていたのですが、実はわかっていなかったんです。そのうちわかるだろう、と高をくくっていたんです、いつ、どうやって、のだめが正面から音楽に向き合う決意をしたのかが。
(頑なな)のだめに寄り添うようにオーケストラを導いた魔法使いのようなミルヒーでさえものだめを覚醒できなかったし、千秋との二台ピアノはのだめを振り向かせることこそできたけれど、覚醒させることは無理では?という疑問が渦巻いています。うまくいえないのですが、恋人だから、とか、千秋のピアノが語っていた、とか、感受性のひときわ強いのだめだから、とか、現実からかけ離れた抽象的な表現では決して納得できないし、おそらくそんな理由ではないでしょう。nyaさんのアナリゼを読んでも「ここぞ!」というところがわたしの頭では掴めない・・・(失礼は重々承知の上で)
あるひとつのことをきっかけにして閃くような、例えはよくないんですが、「飽和状態になって発症してしまう花粉症」のようなものなんでしょうか?オクレール先生の指導の成果と、のだめ自身のこれまでの努力とミルヒーとの共演と千秋との二台ピアノとが相乗効果を生み出し・・・なんかわかりそうでわからない、ああ、すっきりしたい~

投稿: ぽんぽこぴぃ | 2010.05.11 00:37

sunすずらんさん、はじめまして!コメントありがとうございます!

こんな辺境のブログにようこそお越しくださいました。おお~すずらんさんはちょびっと人生の先輩ですね。どうぞよろしくおねがいいたします。

私自身の解釈は妄想じみててへっぽこですので、どうぞ笑ってやってくださいませ!そしてお気遣いどうもありがとうございます!すずらんさんのご感想も是非お聞かせくださいね!

sunぽんぽこぴぃさん、コメントありがとうございます。

ふふふ~、のだめはファンタジーですよねえ。俺様で面倒見の良いイケメン千秋が、かわいいけど変態でズボラなのだめと半同棲で心情コイビトなのになんにもない日本編なんか特にそうですねえ。それが良いのですが(力説!)

いつのだめが正面から音楽に向き合う決心をしたのか…なんですが、実はのだめはずっと音楽に正面から向き合ってたんですよ~。でもそれは「向き合ったからもういいでしょ」というように期限のあるものではなく、音楽家としての生き方・姿勢そのものなんですね。

自分の中でゴール(期限)を作っていたのだめ。ミルヒーと最高の音楽をやって、それがとても素晴らしく嬉しいものだったから、そこがゴールだと思い込んでしまった。そんな頑なになってしまったのだめの心を、二台ピアノで「まだまだ楽しいこと、感動することはたくさんあるんだよ」と解したのが千秋と私は考えていますよ。

素晴らしい音楽を奏でることが目的では無く、その素晴らしい音楽を介してたくさんの人に出会うことができることが、コミュニケーション手段としての音楽であり、のだめはそれを駆使してこれからたくさんの「楽しいこと」を見つけていくことができると思ったんじゃないでしょうか。

…と、これはあくまで私自身の現時点の解釈です。まだまだ時間はありますし、ゆっくりとその意味を考えていきたいと思ってますよ~。

投稿: nya | 2010.05.11 05:27

お待ちしていました!
ゆっくり読ませていただきました。
実は私はのだめの成長過程は、(レベルの違いは置いときまして☆)リアル過ぎてというか、多分音楽に関わる人の何割かは確実に同じ気持ちを味わった事があると思うんですが、自分とかぶりすぎてて辛かったりするんで、このアナリゼは、楽しみ半分、怖いもの見たさ(すみません!)半分で、ちょっと勇気がいりました…でも読ませていただいて良かったです!

のだめの半端な覚悟を責める感想を目にする度に「でもこうゆうことを一つずつ乗り越えて本物になっていくんだと思うんだよっ!最初から千秋みたいな人の方が珍しいと思うよ!てゆーか、いくら天才でも、途中までは幼稚園の先生目指してたんだから、いきなりプロ意識やら覚悟やらにシフト出来なくても当然じゃん!!」とか、誰も聞いてないのに携帯片手に力説してみたり(笑)
でもNyaさまのアナリゼはいつもこの漫画への愛と、のだめへのが溢れていて安心して読めました。てへ^^;
また次も楽しみにしています♪

キャップがはずれたのだめはどこまで行っちゃうんでしょうか?
千秋これから頑張らないとですね~☆
番外編の着地点も楽しみです♪

投稿: しっぽ | 2010.05.11 09:12

はじめまして。

数年前から知っていたものの、最近になって改めてどっぷりと「のだめ」に嵌ったきぃ。と申します。
あちこちのブログにお邪魔している中、nyaさんの元にたどり着きました
(読み進める中で、皆さんがどのように感じているのかを知りたくて、ブログ旅を始めた次第なのですが)

各アナリゼから全体にいたるまでを楽しく拝見させていただきました。

今回のアナリゼでの
「幼い頃に受けたトラウマが理由とはいえ自身の腕に溺れる傲慢ともいえる姿勢である。いわばピアノの野生児なのだ。」
というnyaさんの一言を読んだ時、個人的には15巻L85の「父レオポルトからモーツァルトへ」の説教を思い出しました。

あの説教は長いので引用することは避けますが、もしかしたら二ノ宮先生はこれを引用することでのだめの音楽に対する姿勢やその他に対する姿勢(自惚れが強すぎて、利己心がありすぎる・自由に自然でありたがるので、あまりにも率直になりすぎるなど)を改めて示唆していたのでは・・・と。

あまりにも単純な思いつきなので、書き込むのもどうかしらと思いましたが、書き込んでしまいましたw

個人的にやってみたいと思ったアナリゼが、L124での「ミルヒー=メフィストフェレス」として表現したところです。
のだめの演奏を聞いて、恍惚に近い驚きと戸惑いの表情を見せたミルヒーが、誘いをかける時には”明らかな野心”を見せて描かれていることが気になって。
(そのあたりの背景もなんとなくどす黒いですしw)
その後に引用されるファウストの言葉との関係も気になったりで。
私自身はまだブログを持っていないので、やるならばどこかで借りるところから始めないといけないのですが。w

また今後も遊びに来させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
初回にもかかわらず長文になり、失礼いたしました。
(また勝手ながら、twitterでnyaさんをフォローさせていただきました☆←100番目ですw)

投稿: きぃ。 | 2010.05.11 11:08

何度も読み返していたら.頭の中に.中島みゆきの
「糸」という曲の歌詞が.ぐるぐると廻り始めてとまらなくなってしまいました。なぜめぐりあうのかを.私達は何も知らない。縦の糸はあなた。横の糸は私。
織りなす布は.いつか誰かを暖め.いつか誰かの傷をかばうかもしれない。逢うべき糸に.出逢うことを.
人は仕合わせと呼びます。という内容ですが.二人の歩みを思うと.とてもよく合っている気がします。幼い頃の心の傷を抱えながらも.音楽に対する態度は.正反対にみえる二人。でも.お互いが逢うべき人と自覚し始めて新しい道が見え始めてくる。とても苦しくとても険しい.果てしのない道。音楽とともに生きる覚悟を試される日々。でもいつか.二人の織りなす音が誰かの心に届く日が来るだろう。きっと。とりとめのないことを書き連ねてしまいました。これも二人を思うあまりとお許しください。

投稿: すずらん | 2010.05.12 00:58

sunおお、しっぽ先生!コメントありがとうございます。

専門家からのご意見ありがとうございます。素人が勝手なこと言って本当にすみません。

のだめの凄いところは、停滞したり焦ったりはしてますが、オクレール先生の膨大な課題もこなしてきちんと成長していることで、あとは本当に「覚悟」だけの問題だったのだと私は考えていますよ~。番外編ののだめはのびのび楽しくピアノを弾いていてよかったなあとほろりとしてしまいました!

sunきぃ。さん、はじめまして!コメントありがとうございます。

こんな辺境のブログにようこそおこしくださいました。Twitterもありがとうございます!100番目!ぱちぱち!後ほどフォローさせていただきますね!

モーツァルトの父の説教はまんま千秋からのだめへの説教ですね~。

どうぞきぃ。さんのアナリゼもお聞かせくださいね!

sunすずらんさん、コメントありがとうございます。

はい~のだめと千秋はおっしゃるとおり綾なす糸ですね。お互いを深く思いつつ、互いの才能をリスペクトしあい、性格的には正反対ですが、良い影響を及ぼしあっている。まさにベターハーフで大好きです!

投稿: nya | 2010.05.12 04:52

nyaさん、私のたわごとにお付き合いくださいましてありがとうございます。

「のだめの素晴らしい音楽によっていろんな人と出会い、そしてたくさんの楽しいことを見つけ出す、コミュニケート手段」・・・なるほど、そういうことだったんですか。(もちろん「いろんな人」とは、共演する演奏家だけでなく魅了される聴衆のことも指すのですね。)
私はずっと、「素晴らしい音楽を奏でること」に拘って「のだめ」を見てきたように思います。その時その時は音楽に真剣に向き合っているのに、やっぱり心が揺らいで悩む姿は、人間だな~と、(それは音楽に限ったことではないのですが)だから、自身の若い頃のピアノへの想いと知らず知らず重ねていたようです。
このブログにはピアノの専門の方もたくさんいらっしゃるようなので表に出すつもりはなかったのですが、私は4歳の頃から随分長く趣味でピアノをやっている、挫折モノです。中2で音大の先生に指導が変わり、初めてのレッスンで、私のバッハの「パルティータ」を聴いた先生が「あなた、バッハをわかってる?」とダメだしされ、もう一度はじめからやったほうがいいわね、と「インベンション」をさせられ(やり)ました。「小学生の時にやったのに、なんで・・・」と、正直、ふてくされましたが、先生が私の目の前で弾いた曲は、私の知っていたそれとは全く違うもので、鳥肌がたったのを覚えています。レッスンの度に聴かせてもらい、「こんなふうに弾けない・・・」(才能がなかった)と落ち込み、(普通の?)大学の受験勉強をするため高2でいったんやめた、という過去があります。ということで、なのか、「素晴らしい音楽を奏でること」だけが演奏家の使命、のように思っていたんです。

つらつらと書いてしまいましたが、私の中では「のだめ」はマンガの主人公というより、ともすると生身に近い存在でもあるのでしょうね。~ほんとうに、申し訳ありません~

投稿: ぽんぽこぴぃ | 2010.05.12 12:17

ぽんぽこぴぃさん、コメントありがとうございます!

おお、ぽんぽこぴぃさんもピアノやられていたのですね!私も小学生の時、カンタンな練習曲ですが、発表会の参考にしようとケンプのベートーベンを聴き、あまりの違いに一気にモチベーションが下がったことがあります。中学までピアノやってましたが、1年の時に音高の受験準備をすすめられ、そこまでやりたくはないとやめてしまいました。続けていればよかったなあと思うことしきりです。余談でしたー。

「素晴らしい音楽を奏でること」はもちろん音楽家の使命です。しかし、原点を考えるに、音楽は言葉と同じ、場所や時代を越える人間の優れたコミュニケーションの手段です。音楽家はその卓越した能力で、たくさんの人と音楽でつながっていくことができるんですね~。素晴らしいことです。

投稿: nya | 2010.05.13 05:22

nyaさん、アナリゼ読みました。
いつもありがとうございます。
「のだめカンタービレ」は1粒で何度も味わえる
素敵な作品だなって改めて思いました。
こういう作品に出あえて幸せです~。

のだめちゃんは、連載中物語も心情も私にはわかり
づらくて、なんで「のだめカンタービレ」って題名
なんだろうと思ったことが何度かありました^_^;
千秋くんの成功物語がひと段落したぐらいから
ようやく、やっぱりこれはのだめちゃんの話なんだ
なぁと思えるようになりました。

最近、千秋くんはずっとのだめちゃんに
惚れていたんだなと再認識しています。
だからやっと転機にかかわれてよかったね、って
感じです(笑)

のだめちゃんが「二台ピアノ」で音楽の楽しさや
喜びを思い出したように、千秋くんも最初の
「二台ピアノ」の演奏でそれまで諦めていた
「小さな身震い」を感じたんですよね。
「二台ピアノ」ってすごい!(ってそれ?(笑))

投稿: きみえ | 2010.05.15 12:29

きみえさん、コメントありがとうございます!

はい~、千秋は日本編初期でのだめにほぼひとめ惚れで、ずっとずっとのだめに尽くして最後にようやく(のだめの転機に関われて)ちょびっと報われる話なんですよ~。

きみえさんのおっしゃる通り、最初の「二台ピアノ」は千秋が、最後のそれはのだめが救われるんですね。まさに一対のエピソード。素晴らしい物語です!

投稿: nya | 2010.05.15 15:56

Nyaさま、
私もついにこんなところにまで行動範囲を広げてしまいました。。。
でも、Nyaさまの文章は、読んでいてとても楽しくて、それだけで新たな作品です(笑)
私も、何度も読み返しては同じようなこと考えていました。
で、私の中では、のだめと千秋がやった2台ピアノで以下のように感じました。
(たわごとですが、おゆるしください。。。。)

1回目:のだめは「好きに弾いていい」という千秋の言葉通り、自分の世界。でも千秋がのだめの天才的な音楽に天才的にあわせてめでたしめでたし。
のだめはそりゃあ気持ちよかったでしょう。

最後の2台ピアノ:もちろん、テクニック的にも1回目の2台ピアノの比ではないけれど、これまでの経験を通して、のだめ自身が他の音が聞ける、「調和」を体現する能力もある。その上で、さらに進化した千秋と合わせることで、その音楽を通して新たな音楽、音楽の持つ果てのない可能性を漠然と認識できた。
ようするに、千秋にとっての1回目の2台ピアノと、のだめにとっての最後の2台ピアノが同じくらいの達成レベルにあるのではないかと思っています。
1回目の時には、確か、音楽に行き詰っていた千秋のためのレッスン(?)でしたよね。

で、のだめは、最後に「もう一人の天才」リュカと「音楽」について話すことで、その音楽の可能性を「確かなもの」と感じられたのではないかと思っています。
「やっぱり音楽が一番好き」という一言に尽きるのではないでしょうか。

・・・なんて。
あぁ。。。どうしても私も誰かに話してみたかったんです。間違っていてもいいんです。
なんか、今少し満足。。。

以上戯れ言でした。お許しください。

投稿: と | 2010.05.24 08:15

とさん、コメントありがとうございます!

はい~、2台ピアノに関してはとさんのおっしゃる通り、1回目は千秋がのだめにあわせ、2回目はのだめと千秋2人が互いにあわせているのだと思います。千秋の1回目とのだめの2回目。確かに精神的には同じレベルかもしれませんが、テクニック的には流石にのだめの2回目は世界の一流ピアニストレベルに達していると思いますが。

ラストのリュカの台詞は物語の肝です。リュカはトラウマのなかったのだめですからね。のだめがコンヴァトで苦労してたどり着いた境地にリュカはとうに達しており、彼と会話することでのだめは自分のすすむ道を迷いなく選ぶことが出来たのだと思いますよ。

投稿: nya | 2010.05.30 15:19

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