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日常に回帰もしくはPALM万歳

あさ5時に起きて、日経新聞読みながら地下鉄に揺られて丸の内の会社に通勤。スタバのアイスラテ(ノーファット)とノーパソ片手にばたばたと会社を駆け回って、会社帰りにピアノのレッスン。家に帰れば夫が夕ご飯の素麺(素パスタは飽きるといったらバリエーションをつけてくれた)に茄子の焼いたのに生姜つゆを用意してくれている。
テレビ東京のワールドビジネスサテライトみながら大好きな久保田の千寿をきりりと冷やして晩酌でね。

あっという間に日本の日常に回帰。でもまだちょっと乖離。だって先週はソコにいたんだもの。

はるばると続くヒースの紫に染まるヨークシャー・ムーアの丘に風は吹いているのかしら。カントリーハウスの暖炉には夜ともなれば火がはいるのかしら。

ときどき思いをはせて寂しくなって - 気を取り直す。大丈夫、アレは何年たっても変わらずにそこにある。また行くからね大好きな英国の夏。

閑話休題、

「蜘蛛の紋様」刊行開始に度肝を抜かれて、「愛でなく」完了以降、なんとなく絶っていたPALM再開。「午前の光」一気に読んで感じ入った。参った。オーサーのビヘイビアがあれだろうとなんだろうと(すんまそん)私は今後決してPALMを見限るまい。願わくは1981年から始まったこの物語。作者もしくは私が存命のうちに終章「TASK」を読めることを切に願う。

感想はそのうちまとめたいと思うのだが、PALMシリーズの「物語が予めそこにある」感の凄さったらない。作者が、伸たまき名義でシリーズ第一作「お豆の半分」を世に出したときから、すでに彼らの運命は定まっていて揺るぎが無い。だから読者はまるでヴィデオに記録されたドキュメンタリーもしくは神の視点でアカシックレコードを観るように彼らの人生の顛末を追いかけている。

しかし彼らはどんな状況にあろうとも明日を信じ、未来に希望を持ち、生活を楽しみ、力強く進んでいく。死の瞬間までも。それはとても崇高で愛おしい人間賛歌なのだ。

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