羽田健太郎先生追悼
「題名の無い音楽会21」をずっと拝見していて、先週病気でお休みしたのは知っていたのだけど、まさか初代司会の黛敏郎先生同様、放送期間中に突然お亡くなりになるとは、とても残念です。先月のピアニスト特集でゲストの中村紘子先生と「90になってもラフマ弾いてようね」って言っていたのに...。
決まったテレビプログラムを見る習慣の無い私にとって、「題名のない音楽会」は数少ない日曜朝のお楽しみでした。まあコドモの頃からの習慣なのですが(放送は1964年から)。黛先生がなくなられて一時遠ざかっていたけれど、ハネケンさんが司会になって、また見始めたのでありました。
「題名の無い音楽会」を格調高い黛時代(時折右がかってすごかったけど)の雰囲気を引き継ぎつつ、親しみやすく楽しいクラシック番組として確立した功績は大きかったと思います。いつもとっても楽しそうにピアノを弾く姿が忘れられません。ご冥福をお祈りします。
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コメント
羽田健太郎さん、
名前の読みがいっしょなので、なんとなく親近感を持っていた方です。
「題名のない音楽会21」拝見していましたが
私にとってはなんといっても「マクロス」と「宝島」の作曲家でした。
「宝島」のオープニングで故人を見送りたいです。
投稿: 研太郎 | 2007.06.05 19:42
研太郎くん、コメントありがとう!
そうそう、先生の記事を書くとき、お名前の最初の変換候補が研太郎だったので、そういえばお名前の読みが一緒だなと思いましたよ。
私も昔マクロスの主題歌のクレジットでハネケンさんのお名前を固有のものとして認識したのでした。雄大で美しい曲はいまでも大好きです。
投稿: nya | 2007.06.06 06:13