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「朧の森に棲む鬼」感想

さて私的お正月休みの最後を飾る新感染「朧の森に棲む鬼」マイ初日。昨年末プレビューの評判も良いし(新感線の芝居がプレビューから評判良いのは珍しい)、「SHIROH」以来、実に2年ぶりのかずきさん脚本(「吉原御免状」は脚色だからね)なのでたいそう楽しみに演舞場に出向いたよ。

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ソワレの開場を待つ客の波

まあ1月は例によってウィークリー朧なんで、パンフなどみながら感想はゆっくり書くつもり。シェイクスピアのリチャード三世と大江山酒呑童子伝説を絡めてかずきさん風に味付けしたら「スサノオ・魔性の剣」染五郎版になりましたって感じかな。いのうえさんとかずきさんのいのうえ歌舞伎を次のステージに進めたいって気持ちは痛いほど伝わってきたんだけど残念ながらその試みは思惑通りに成功しているとはいいがたかった

....ってかいたらけなしてるみたいだよねえ。ごめん面白くないわけじゃなくって、そりゃあ一幕はテンポがいまいちで乗り切れないところもあったけど、二幕のたたみかけるような構成とスピード感、超ど級の舞台セット、ほとばしりでるような染さんの演技と悪の魅力にもう釘付け。超一級のエンターテインメントであることは疑いようも無い事実。

アカ・アオの「髑髏城の七人」の後、たてつづけに上演された「SHIROH」「吉原御免状」「メタル・マクベス」と進取の気概に富んだ意欲作であきらかに、新感線のお芝居(いのうえ歌舞伎じゃなくてね)は新しいステージに上ったと思ったんだ。特に「吉原御免状」は新感線のお約束を一切省いたストレートプレイでも十分に魅せる力のあることを証明した。じゃあこの方向性のかずきさんオリジナル脚本で「いのうえ歌舞伎2.0」を....にはならなかったのは、やっぱりお約束のしがらみが多すぎるからなのか。悪党を主役に据えて大団円やめたっていままでのいのうえ歌舞伎となにかアキラカに変わったとは思えないんだよなあ。

例によって私の感想はネタバレには躊躇がありませんので、これから朧観劇予定の方はご注意くださいませ~。 

ところで私は新感線@新橋演舞場が大好きだ。開演時、恒例のジューダスが容赦の無い大音響でレトロな劇場に鳴り響く。客電が徐々に落ちていくと、客席の周囲の提灯がぼうっと浮かび上がるのがなんとも美しい。幕間にはお食事処でお弁当にちょいとお酒。だからいっつも二幕目はほろ酔い気分で芝居をみてるのさ。うーん演舞場サイコー.!...チケ高いけど(爆死)。

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幕間に雪月花の個室で食べたお弁当。そこはかとなくお節風味。

おとぎ話のウソツキの最期はいつだって哀れだ。

以下の感想は、1/4,13,20の三回をあわせたものになってます。いや~1/4に見たときも完成してると思ったけど、いろいろ進化したした。全体的に5分くらい短くなって、特に前半のダレっぷりがなくなってるのと、ラストのライの叫びがちゃんと聞こえる&すりかえが完璧になってました。これだけでラストの余韻がぜんぜん違った。すばらしい!

さて感想だ。1/4に第一回目を観たとき、私はどうも釈然としなかった。ライはその名のとおり舌先三寸で人の心を手玉にとり、己の欲望をかなえていく徹底悪として描かれている - はずだ。けれど私にはライの欲望の動機が見えなかった。たとえば題材となった「リチャード三世」。彼の動機は明確だ。己の醜い容姿と貧しい出自による猛烈な世間への憎悪。また純粋悪といえばかずきさんの髑髏城の天魔王。彼には動機はないが、戦国の世に凝った怨念や妄執から生まれた亡霊という見方ができた。

しかしライは生身の人間。戦国の世を生きる術としての舌先三寸。彼には権力への欲望もなく、ただひたすら今日を生き残ることに注力していた。そこにあらわれるのが朧の森の魔女たち。これはあきらかにマクベスの三人の魔女を模している。ただしマクベスには動機があった。マクベスの魔女は彼の動機を増幅するための装置だったが、朧の森の魔女は違う。積極的にライを誘い込み彼に動機付けをしてしまう。これはむしろいのうえ歌舞伎「スサノオ - 魔性の剣-」の剣だ。

人の心を無条件に血に染める魔性の剣クサナギ。剣にあやつられた哀れなクマソとヤマト。彼らにはムラクモというクサナギの穢れを浄化する剣が用意されていたが、そんなものが無かったら - 。

ライはただひたすら他人を操り騙し追い落とし突き進む - それは彼自身のうちから沸いた衝動というより外から与えられた動機にしたがっているように見える。朧の鬼の啓示に操られ踊り続ける哀れで愚かな男の話。ために救いはない。ライは憤怒に満ちたまま滅びていき、朧の森を彩る無数の骸骨のひとつとなる。

朧の滝を彩る無数の骸骨のひとつひとつにライと同じ欲望と欺瞞と憤怒に満ちた物語があったはずだ。その決して癒されることのない負の残滓が凝って朧の魔女になったのか。

ラストがいい。これでもかこれでもかってくらいの物量作戦(本水~)で、満身創痍のライが独り滅びていく様を壮絶に描き出す。

なにかが栄え滅びる - 男たちのやみくもな名誉欲と女たちの愛と情、それはとりもなおさず人間そのものの営みと業だ  - 数多あったであろうそれらを呑み込んでなお深く静かに佇む朧の森の寂寞感は昔から変わらないいのうえ歌舞伎の真骨頂だ。

次のステージとか気にしないでこのままいけばいいと思う。いつだっていのうえさんとかずきさんの作品が面白いのはかわらないんだから。気がつけば「いのうえ歌舞伎2.0」になってるよきっと。

キャラ寸評(敬称略) :

客演組

市川染五郎(ライ):サラブレッドというかハイブリッドというかもうなんか文句のつけようのない色悪っぷりがステキ。
ボロをまとって花道からあらわれるファーストシーンから、満身創痍で立ち往生するラストまで一瞬たりとも目が離せない。メタマクの松たかさんといい、本当にブルーブラッドってあるんだなと思ったよ。今回は松本錦升先生としてオープニングの素晴らしい振付も担当。
阿倍サダヲ(キンタ):いやーなんだかサダヲの魅力全開オンステージでしたな。歌うわ踊るわ殺陣いちばん多いわころころとかわいいわで本当にすごかった。この芝居を見た人はみんなサダヲが好きになるはずだ~!1/20の観劇で私の後ろで見ていた年配のご婦人2人がそうでした。「あのキンタ役の子かわいいわね~。いくつくらいなのかしら」...サダヲ妻子ありの36歳ですがなにか?(化け物ですな)
秋山菜津子(ツナ):秋山さん大好きだ~。強く凛々しく脆い女将軍を見事に演じてる。情に流されそうで決して流されないところがまたステキ。ときどきすっげーかわいらしいんですよ!
真木よう子(シュテン):初見。演劇のひとつの醍醐味は才能も情熱もあるかけだしの役者さんの渾身の演技を堪能できることだ。いや真木さんは既に多くの舞台をこなしている実力派だけどね。百戦錬磨のベテラン役者さんの中で懸命にがんばる姿は気持ちよい。頭ちっちゃくて目がでっかくてスタイルいいんだ!歌も殺陣もまだまだイケルぞ。がんばれー!
小須田康人(サダミツ/サダミツ似の兵士):小須田さんといえば腹にイチモツある策士のキャラなのに、今回はちょっと単細胞な体育会系でファンとしてはちょいとフラスト。でもまあ粟根小須田のヘリクツコンビがみれたからいっか~。好きデス。
田山涼成(イチノオオキミ):初見。ナニモカモわかった達観したオオキミをかわいらし~く演じられておりました。

劇団員:
古田新太(マダレ):おお古ちんがイイモンだ。ライが動ならマダレは静。冷静にライを見極めて最後に情に流される(で、その選択は正なのだ)。もうちょっと殺陣もみたかったけどかっこいいからまあいいや~。
高田聖子(シキブ):姐さんキレイ!ツナが凛々しく強い女戦士なら、シキブは愚かで可愛いお姫さま。もちろんそれだけじゃすまされない。女特有の嫉妬や焦燥や浅はかさなど負の面をすべて打ち出して滅びていく哀れさ儚さがとてもステキでした。深いわ~(いや浅いんだが)
粟根まこと(ウラベ):ぜんぜん動かない四天王(三人だけど)のウラベですが、まあいわゆるお約束キャラなんでファンとしては安心だ。しかし武器があの指差し杓状ってのがちとなあ。殺陣見たかったよ~(まあ昨年はナンプラーとハリーの萌えキャラ続いたからいいんだけどさ~)

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