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2006.07.17

かくて世の終わり来たりぬ

**2010/9/21追記 : ご依頼いただきNyaのホローマンの訳文を、アニメ「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD 」の最終回に提供いたしました。もちろん「かくて世の終わり来たりぬ」の一文は、このエントリーに記載の通り、井上勇先生の訳であることも改めてお断りしております。

このエントリーを読まれた方に。もし機会がありましたら、古典SFの名作「渚にて」をお読みください。偶然の出会いがあなたを馥郁たる空想の世界へいざなうよう願ってやみません。私が40年前に出会ったように。

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静かな雨の休日 大好きなネビルシュートの終末SF「渚にて(On the Beach)」を読んでる。1957年初出だからもう半世紀前の作。米ソ冷戦時代、核の影が色濃く世界を漂わせていた頃に世に出された傑作。息詰まる政治の駆け引きも激しい戦闘もドラマチックなラブシーンもない。そこは核戦争後の世界。戦争初期に使用された核爆弾によりすでに北半球は死滅。わずかに残された豪州の人々の前に迫る放射能。人々は形なく忍び寄る放射能の影におびえつつ淡々と日常を送る。取り残された人々が崇高に静謐に滅びを受け入れていく姿は美しくただ哀しい。

下記は冒頭を飾る英国詩人エリオットの詩篇「ホローマン(空ろな男)」からの抜粋。「Not with a bang but a whimper.」のくだりを「地軸くずれるとどろきもなく ただひそやかに」と訳した井上勇先生はすごいなあと思う。エリオットが第一次世界大戦の戦渦を憂いて作った詩篇を一気にグローバルな視点に引き上げて本質は失っていない。これぞセンスオブワンダー。

この終末の集いの場所に
我ら交わす言葉もなく潮満ちる渚に集う
かくて世の終わり来たりぬ - 銃声ではなくすすり泣きのうちに(アホ訳はnya)

In this last of meeting places
we grope together
And avoid speech
Gathered on this beach of the tumid river...

This is the way the world ends
This is the way the world ends
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper.

("The Hollow Men(1925) T.S.Eliot" より抜粋)

The Hollow Men 全篇(嘘訳はnya)

We are the hollow men
We are the stuffed men
Leaning together
Headpiece filled with straw. Alas!
Our dried voices, when
We whisper together
Are quiet and meaningless
As wind in dry grass
Or rats' feet over broken glass
In our dry cellar.

我々は空ろな人間
我々は剥製の人間
藁の詰まった頭をもたれかけあいながら

風に吹かれる干草のように
地下室の床、壊れたガラスの上を走るねずみの足音のように
囁き交わす乾いた言葉に意味はなく

Shape without form, shade without colour,
Paralysed force, gesture without motion;

形無き輪郭、色無き影
項垂れた力、動き無きジェスチャー

Those who have crossed
With direct eyes, to death's other Kingdom
Remember us -- if at all -- not as lost
Violent souls, but only
As the hollow men
The stuffed men.

まっすぐな目をして彼方の死の王国に渡ったひとびとが
よしんば我々を覚えていたとしても、
それは荒ぶれた魂ではなく
空ろな人間
剥製の人間としてであろう

Eyes I dare not meet in dreams
In death's dream kingdom
These do not appear:
There, the eyes are
Sunlight on a broken column
There, is a tree swinging
And voices are
In the wind's singing
More distant and more solemn
Than a fading star.

夢の中でさえ出会うことのない眼
死の夢の王国ではそれらは表れもしまい
それは風にそよぐ樹壊れた柱の合い間から差し込む日の光
衰退する星よりも遠くおごそかに風の間に響く声

Let me be no nearer
In death's dream kingdom
Let me also wear
Such deliberate disguises
Rat's coat, crowskin, crossed staves
In a field
Behaving as the wind behaves
No nearer --

どうか我々に死の夢の王国を近づけないで
そして鼠の外套、カラスの皮膚、交差した桶板といったあざとい扮装を纏わせて
野原で風のようにふるまい
どうかそれ以上 -

Not that final meeting
In the twilight kingdom

黄昏の王国の最期の集いではなく

This is the dead land
This is cactus land
Here the stone images
Are raised, here they receive
The supplication of a dead man's hand
Under the twinkle of a fading star.


ここは死の大地
サボテンの大地
立ち並ぶ石像は衰え行く星の最期の瞬きの下で死者の手からの嘆願を受け取る

Is it like this
In death's other kingdom
Waking alone
At the hour when we are
Trembling with tenderness
Lips that would kiss
Form prayers to broken stone.

死の彼方の王国のように
我々が優しさに震え一人で目覚めるとき
唇は壊れた石像への祈りを形作るだろう

The eyes are not here
There are no eyes here
In this valley of dying stars
In this hollow valley
This broken jaw of our lost kingdoms

死にゆく星の谷のどこにも眼は無い
虚ろな谷は我々の失われた王国の壊れた顎にも似て

In this last of meeting places
We grope together
And avoid speech
Gathered on this beach of the tumid river

この終末の集いの場所に
我ら交わす言葉もなく潮満ちる渚に集う

Sightless, unless
The eyes reappear
As the perpetual star
Multifoliate rose
Of death's twilight kingdom
The hope only
Of empty men.

盲目でない限り眼は再びあらわれるだろう - 永遠の星のように
死者の黄昏の王国の多弁の薔薇
望みはただ虚ろな人間のものだ

Here we go round the prickly pear
Prickly pear prickly pear
Here we go round the prickly pear
At five o'clock in the morning.

Between the idea
And the reality
Between the motion
And the act
Falls the Shadow

朝五時に団扇サボテンのところへ行こう
空想と現実の間
動作と行為の間に影が落ちる

For Thine is the Kingdom

汝のための王国だ

Between the conception
And the creation
Between the emotion
And the response
Falls the Shadow

発想と創造の間
感情と反応の間に影が落ちる

Life is very long

人生はとても長い

Between the desire
And the spasm
Between the potency
And the existence
Between the essence
And the descent
Falls the Shadow
For Thine is the Kingdom

切望と発作の間
可能性と存在の間
本質と没落の間に影が落ちる
王国は汝のもの

For Thine is
Life is
For Thine is the

汝の人生は -

This is the way the world ends
This is the way the world ends
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper.

かくて世の終わり来たりぬ
かくて世の終わり来たりぬ
かくて世の終わり来たりぬ

- 銃声ではなくすすり泣きのうちに

(了)

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コメント

初めまして。yasufroggyといいます。ずっと昔に興味を持って読んだ「虚ろな男たち」の日本語訳を探して、あなたのページへとよせていただきました。分かり易い訳で、嬉しいです。
ネビル・シュートの「渚にて」は高校生の頃SFにひたり切っていた時に読んで、何とも胸がつまった覚えがあります。また読んでみたいものです。

エリオットの「虚ろな男たち」は、コンラッド作の「闇の奥」及びその映画で有名なようですが、実は私はどちらもまだ未体験です。どこで知ったかというと、とあるB級のアクション映画(ビデオ作品だと思います)で一部引用されていたからなのでした。デイヴィッド・ワーナー主演の「オフィス・パーティー」(原題)で、性格俳優であるワーナー氏と助演のマイケル・アイアンサイドの好演のせいか、割と良い心理ドラマに仕上がっていたのです。ラストに流れる詩があまりに印象的だったために探し始めてエリオットの作品だと分かったという次第です。
当時、詩集を購入して暗唱したものです。勿論、映画の余韻に浸ってそれ中心に考えていたので、詩そのものの背景や作者の意図を研究したわけではなかったのですが・・。歳を経た今ならそれができるかもしれませんね。

ともかく、懐かしいものに再会した思いになって、たいへん嬉しいです。機会を下さってありがとうございました。

yasufroggy

P.S. そうそう、最後の箇所だけの訳を比べたページがこちらにあります。

http://tomoki.tea-nifty.com/tomokilog/2006/08/the_ hollow _men_.html

投稿: yasufroggy | 2012.09.21 10:22

yasufroggyさん、はじめまして!

コメントをありがとうございます。こんな辺境のブログにようこそお越しくださいました。

そして拙い訳詩をおほめ頂き恐縮です。英文を並べているところからもお分かりのように意訳ばりばりですのでお恥ずかしいです。

ホローマンはその印象的なタイトルと詩で多くの作品に引用されていますね。ダン・シモンズにはそのものずばりの「ホローマン(うつろな男)」があります。「闇の奥」や「オフィス・パーティー」は知りませんでした。機会があればぜひ触れてみたいです。

「渚にて」は子供のころから折にふれて読む作品です。滅びは絶望ですが、気高く静謐な人類の姿は希望です。あのように最期を迎えたいものだといつも思います。

私もyasufroggyにコメントいただき「The Hollow Men」のお話できてたいへんに嬉しかったです。どうもありがとうございました!

投稿: nya | 2012.09.22 06:15

はじめまして、コメント失礼します。

アニメ「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」を久々に見直してたところ(すいません、オタクなもので)、最後の詩に興味が出たのでネットで調べ、こちらのサイトを発見させていただきました。

あのアニメの世界に付箋を付けて納得させるようなイメージのある詩だったので、とても分かりやすく参考になりました!

英語がまったくできないため、こういった訳を見れてとても参考になりました。
昔色々見た日本映画にも、こういったちょっとした詩や一文がつかわれる事にあまり興味を持たなかったのですが、これを機にちょっと見てみたいと考えています。

ありがとうございました!

投稿: ミケ猫 | 2014.02.02 00:41

ミケ猫さん、はじめまして!

コメントありがとうございます。こんな辺境のブログにようこそお越しくださいました。

私も突然学園黙示録のアニメのスタッフさんから「最終回にこの訳を使いたい」とご連絡いただいときはびっくりしたんですよ~。

これをきっかけに物語に引用される詩に興味持っていただけて私もうれしいです。こちらこそ本当にありがとうございました!

投稿: nya | 2014.02.02 12:18

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