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わたしとMac(ネガティブ)

かなりセンチメントで砂吐きな内容なんでこころあるひとはスルーしてください。

「コンピュータは人間の発明したすばらしい道具だ。やがてそれはひとをより良い方向に変えて行くだろう。僕はそれを人々に伝える仕事をしたいんだ」

18才の彼は熱っぽくそれを語った。18才の私はそれをやや醒めたこころで聞いた。

「こんなチープなキカイ! - そりゃあ私も大好きだけれどほんとに人間をかえるのかな?」

それから四半世紀が過ぎた。

いまでは私は信じている。コンピュータは人を変える - 彼が当時語っていたよりもっともっとひとの生活に根ざした形で。すっかりオヤジとなった彼(夫だ)は少年の情熱をそのままに希望通りの仕事をしている。そして私は - わたしは?

少年少女だったわたしたちは大人になり学校を卒業し就職した。それぞれ大手コンピュータ会社に就職。彼は通信系のエンジニアとなってひろく全国をサポートしていた。あるとき、彼は長期の国内出張にでることとなった。寂しがる私に彼が一台のコンピュータをプレゼントしてくれたのだ。彼が信奉しているモトローラ系のチップを搭載したMacintosh Plus。それが私とMacの出逢いであった。

キュートな筐体(開発者のサインいり)にころんとしたキーボードとワンボタンマウス。シンプルで使いやすいGUI。それはまさにアラン・ケイの提唱したダイナブック構想を体現したマシンに思われた。当時のメジャーなOSはPC-DOSであったから、全く異なるユーザーインターフェースは衝撃だった。その頃の上司にMacintoshを使っていることを言うと「そんなマシンを使っていると馬鹿になるよ」と言われたことが忘れられない。 当時はパソコンですら扱いにはスキルが必要だった。万人に使えるユーザーインターフェースという発想はDOSの世界では考えられないことだったのだ。

しかしそれからAppleが迷走したのは周知のとおり。ころころ変わる商品戦略に嫌気がさしてMacと訣別したのは、LCⅢの時だった。従って私はiMacを知らないのだ。

当時はスリムでハンサムだった青年社長のジョブスもすっかり貫禄ついたよなあとiPod Shuffleの発表映像をみて思う次第。(なんにせよ生き残っているのはすごいけどね)

あれから25年。コンピュータはすっかり家電だ。18才の頃の私には、子供からお年寄りまでもが、通信機能があり、GUIインターフェースを持ち、音声から動画まで扱えるポータブル・コンピュータ - 言うまでもなく携帯電話のことだ-を持つようになるなんて想像もつかなかった。それはまさしくダイナブック構想。ひとの暮らしをサポートしよりよく変える優れたツールなのだ。

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