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反抗期の頃の思い出

小さい頃からわりと学校の成績は良かった。20歳すぎればただの人の典型で、いまでは全くお笑い種だが。精神的に早熟で早くから読書に親しんでいたのがよかったのか。小学校の折に通わされた家の近所の塾のフレンドリーな雰囲気がイヤで、親に頼み込んで某有名進学教室の会員選抜試験を受験させてもらい、会員となって受験勉強のトレーニングを受けたのがよかったのか。

親からしてみれば手のかからない良い子であった。中学で全国模試3位という成績をとった折には、「本当に東大にいけるかと思った」といまでも語っている。なにそのころが知能のピークだっただけだ。それが挫折したのは高校2年のはじめに大病をしてからだ。長期入院しているうちにみるみる勉強が遅れ、胃を切っているから退院してもすぐには復帰できず無理がきかなくなった。都内の進学校に通っていたが、退院直後の定期試験ではじめて3桁の順位になったときには人生に絶望した。焦る子の気持ちも知らず成績の低下を嘆く親の振る舞いがひどく通俗的で凡庸に見え、自暴自棄になって反抗した。(といっても学校をさぼって日比谷の映画館で映画をみるくらいであったが...)
それまで優等生だったわが子の手のひらをかえしたごとくの変貌ぶりに慌てた親にカウンセラーのもとにつれていかれ、そこで親子ともども先生にこんこんと諭されてわれにかえったりもしたのだが。

まあそんなこんなで、落ちこぼれたまま大学受験を迎え、結局、第五志望くらいでなんとかひっかかった大学にすすんだのだが、そこで夫にであいやがて結婚の運びとなったのは不思議な縁だ。過日、私の両親とともに夫の実家に挨拶に行った。父曰く「いやあ、娘も高校までは成績が良かったんですが、落ちこぼれましてねえ、三流大学にしかはいれずお恥ずかしいことです」...夫と私は父言うところの三流大学の同級生だったわけだが...思わず額に青筋がたったが、夫の両親、夫ともにたいへん寛容だったので(いまにいたるまで寛容だ。とても感謝している)、特に波風はたたなかったが、実は私自身はいまでもちょっと根に持ってたりする。とーちゃんそりゃないよな。

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