腐女子的高村薫考察
この文章は腐女子的ヨコシマな内容ですので、その手の話題がお嫌いな方もしくは高村薫先生のファンの方はスルーしていただければ幸いです。
てなわけで
私は通勤の電車内で日経新聞朝刊を読むのを常としている。その日の業界のニュースを仕入れ、人事を確認し、営業としてお客様との話題のひとつも仕込んでいこうという思惑だ。でもこれはあくまで建前。
数年前話題になった小説に渡辺淳一の「失楽園」がある。(彼の初期医師時代の作品やエッセイのファンである私にとってあの辺以降の作品群はなんともいえない気分になるのであるがそれはまた別の話) あれはそもそも日経朝刊の連載小説であり、連載当時、過激でインモラルな性愛描写が朝の電車を隠微な雰囲気にしたと評判であった。
で、あれがオヤヂを萌えさせていたなら、いまの日経朝刊は腐女子を萌えさせているといっても過言ではない。そう、高村薫の「新リア王」である。あの作品のバックボーンを知らない人にとっては、地方の金権体質の代議士オヤヂが世をはかなんで出家した息子に向かって昭和政治史を延々と語っている重厚であるが冗長な話としか思えないかもしれないが、なかなかどうして、腐女子はあれで朝から萌えているのである。
いや別に朝っぱらから栄X彰之の親子萌え~とか言ってる訳じゃないけど(むしろ親子なら秋道X彰之であろう)
そんな腐女子の心を鷲づかみにする高村薫の隠微な世界とはいかなるものか -
私がそもそも遅すぎる腐女子デビューをした訳は、高村薫に起因する。もっともある時期まで私は確かに高村作品を一般に評価されている「硬派な文体で骨太なストーリー」のミステリー(私的には冒険)小説として他意なく読んでいた。
初めて読んだのは「黄金を抱いて翔べ」。 犯罪小説ではあるが、翻訳調の硬い文章で語られるわくわくするような冒険譚に魅入られた。その後、高村作品に親しんできたが、それはあくまでもエンターテインメントとして楽しんでいたのである。 主要人物が殆ど男性で、美形描写が多いなとは思っていたが。
ところで高村薫は改稿で有名な作家だ。ハードカバーの中でも刷を重ねる毎に文章に手を入れていく。顕著なのは文庫になるときである。その改稿は甚だしく、殆ど別作品になってしまうこともある。
私がその手の天啓を得たのは文庫「李歐」を読んだ時だ。この作品は「わが手に拳銃を」の改稿版だが、その変貌たるや、タイトルがかわっていることからも押して知るべしであろう。勿論ストーリーの骨子は変わらない。虚無的な青年一彰が夜の街で殺し屋リ・オウ(李歐)に出逢い、惹かれ、裏社会に飲み込まれていくというものだ。どちらかといえば若書きの、ざっくりとした冒険小説色が強かった「わが手」と比較し、「李歐」は運命に(むしろ自分から進んで)翻弄される一彰の心の機微と人生を丁寧に追っている。そこに淡く濃く絡みあう美貌のスパイ「李歐」。そう「李歐」は一彰と李歐の運命的な出逢いとその後の数十年にわたる愛の醸成が描かれているのだ。丁寧に精密に描かれた文の間から二人の絆の確かさ深さが匂い立つ。そして遂に二人は中国本土の5000本の桜の咲く屯(李歐が一彰のためにつくった屯だ!)で結ばれるのだ。
こんな美しい男同士の愛の話はいままで読んだことがなかった。友情は極めれば愛になるということか。私は二人の関係に萌えた。そしてこの話、二人の性格付けはボーイズラブの文法にぴたりとあてはまることに思い至った。
それは、やくざの組長だろうがばついち女教師だろうが男女来るもの拒まずのクールビューティ、でも心は李歐一筋の「誘い受け」一彰と絶世の美貌と天才的な頭脳、冷酷な判断力を持ち、持てる力の全てをただ一彰を得るために費やす「俺様攻め」の李歐に。
そんなヨコシマな視点でみると高村作品は私には読み解き易くなった。代表作の合田シリーズなんて設定がまんまボーイズラブだ。無骨で硬派な警視庁の敏腕刑事と美貌の特捜検事の微妙な関係。
主人公合田雄一郎は、学生時代の親友、特捜検事の加納祐介と瓜二つの容貌(ここ重要)を持つ双子の妹の喜代子を愛し、若い結婚をしていたが、ほどなく離婚。元妻は恋人を得て海外に渡る。しかし、加納とは変わらない友情を保ち、他人には義兄と紹介する。この義兄、特捜検事と言う多忙な身にもかかわらず、自分の身を全く省みない義弟の世話をなにくれとなくやくのである。合田が部屋に帰るとアイロンがけをしている義兄が迎えたこともあるくらい。炊事掃除洗濯は言うにおよばず風呂沸かし靴磨き、新妻もかくやの世話焼きっぷり。ついにはフランスパンと赤ワインを持ってニコタマの河原でピクニック(inレディ・ジョーカー)をするに及んでは、30半ばの男しかもエリート公務員が二人でなにやってんだかの世界である。
まあ、このふたりいろいろあって、「マークスの山」「照柿」と本筋にかかわったりかかわらなかったりしながら愛を深めとうとう「レディ・ジョーカー」の最後で合田が加納の愛に答えて逆告白をするにいたるのだが。
(合田がラブレターを書いた銀座の風月堂は腐女子高村ファンの聖地だ)
しかし、どうやら世の男性諸氏はこの高村的愛の世界を認識していないのか(それとも故意に黙殺しているのか)
過去映像化された高村作品ではこのあたりの(腐女子にとっては)肝心要の関係やシーンが見事に削られているのだ。おそらく現在映画化が進行中の「レディ・ジョーカー」でもこのあたりには全く期待できないだろう。石原軍団だし。
かくして私は、高村作品をキーとして腐女子の世界に足を踏み入れた(先生お許しください)。あとは坂道を転がり落ちるワニ(by沢野ひとし)のごとくである。最初はおそるおそるアマゾンなどで買っていたボーイズラブ小説も、いまでは一般書店で躊躇無く買うことができる。思えば遠くへきたものだ。
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コメント
ようやく秋風が吹いて、「あぁ。今年の春は、李欧を読まなかったな...」とふと思い出していたら、こんなブログにばったり。
高村薫。
最初は、文章の強さに歯ごたえ感じてはまってたけど、ほどなく李欧で、この方も同類だったのだと感激し、早や幾星霜。
ちまたで何をもってBLというジャンルを造り出してるか、よく事情はわかりませんが、あえてその言葉を拝借していうなら、そのジャンルが目指し世に現そうとしている至高の世界をいち早く鮮やかに描き出してるのが、高村薫、で今のところ私のBL作家?のベスト & オンリーワンです。
すみません、実は、他の作品、知りません。別にあえて読もうとも思わないので。
ただ、源氏も「雨夜の品定め」が一番共感できた人間には、高村ワールドの男たちで十分...
いつか、人間が人類の生殖器官から解放されたら、きっと覚醒する人もいるはず。
でも、ま、他人はどうでもいいけれどね。
何年も昔の記載ですね、すみませんでした、いきなり。
でも、嬉しさあまっての行為、なにとぞ笑ってお赦し下さいますよう・・・
投稿: 月の東 | 2010.09.10 23:51
月の東さん、はじめまして、コメントありがとうございます。
こんな辺境のブログにようこそお越しくださいました。古いエントリーへのコメントはとても嬉しいです!
高村先生はストーリーテラーで硬派の論客です。最初はそのストーリーテリングに酔いしれておりましたが、あるとき「これは?」と気づき、そののち「間違いない!先生は同好の士」だと思いいたりました。
私もこのエントリーを書いた頃はBLにはまっていたのですが、いまはすっかりツキモノが落ちたように足を洗っております。しかし月の東さんがおっしゃるように高村先生はオンリーワン。その素晴らしさは揺らぐことはありません。高村ワールドは何度も私を虜にします。
では、今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: nya | 2010.09.13 12:29
高村作品♥
「最近の先生は…?」と,観ていたら辿り着いてみました^^V
あ~。そんな視点で読まれた方がいたとは!私だけじゃあなくて安心しました*^^*
現代の?日本の作家さんではダントツに好きです♥重厚さが…↓な方もいらっしゃるかと思いますが,あくまでも私的好みですが。あのくらいじゃあないと,私はダメ。寧ろ^^
一番好きな作品は‘リヴィエラ~’です♥運命の糸が絡み合ってて,藻掻いても逃れられなくて,劇的なピアノ曲がバックに鳴り続けている…みたいな?(巧く表現できなくて,スイマセン…)カンジ,で♥
(名前が出なくて恐縮ですが)CIAのスパイの英人の彼女が,危険を知らせる為に高速をパッシングしながら疾走する場面。切ないけど,スゴく,カッコいい!
勿論,他の場面もイロイロ素的です^^V
長々と,恐縮でした~。
投稿: くずこ | 2014.04.29 09:37
くずこさん、はじめまして!
こんな辺境のブログにようこそお越しくださいました!ふふふ高村先生の描く男の人ってすごい格好良くて色気がありますよねえ!そしてお話は掛け値なしの面白さです。最近は政治寄りに傾いていますが、「リヴィエラを撃て」等の初期の冒険小説の趣のある作品も大好きです。臨場感溢れてますよねっ!
投稿: nya | 2014.05.01 06:00