「髑髏城の七人」考
序
演劇の魅力は多々あれど、私が囚われている理由。それは「芝居が化ける」瞬間に立ち会えることだ。同じ脚本、同じ演出、同じ役者 - なのに場の生み出す空気が、ある時明白に変わるのだ。観客の反応、場の空気も作用して、舞台の上で箱庭的に演じられている空間が変貌する。
世界が拡大し、その中に魂ごと持っていかれる。
そのライブ感がとても好きだ。勿論これは時たま出会う僥倖で、最後まで「はいれない」「ぴんとこない」芝居があるのも事実だし、それなりに面白いのだけれど、それだけで終わってしまう芝居も沢山ある(いやそれがほとんどかも)
新感線の舞台は、私にとってその僥倖に出会える機会の多い舞台。だからずっと観ている。
昨夜は新感線中期の傑作「髑髏城の七人」再々演の千秋楽。3度目の上演だが主役は一貫して「不世出の看板役者」古田新太。その古田新太が新感線の舞台の中心にかちりと嵌ったときの恐ろしさをまざまざと感じた。
華がある。艶がある。舞台から血と硝煙の匂いの混じった風が吹く。
役者とともに観客も3時間の舞台を駆け抜けた。
あらすじ(2004/6/13追記)
舞台は織田信長が本能寺で明智光秀に討たれて八年後の関東。そこは「天魔王」に率いられた謎の軍団「関東髑髏党」が跋扈する無法の地。その髑髏党に追われる少女沙霧(佐藤仁美)をなりゆきで助けた三界に枷なしのやせ牢人狸穴次郎左衛門(佐藤正宏)と浮世の義理を三途の川に全て流した玉ころがしの捨之介(古田新太)。滅法強い捨之介は姦計を弄して髑髏党から沙霧を助ける。
しかし彼の本業は人買で沙霧を色町に売り飛ばすために助けたのだ。
無界の里は極楽太夫(坂井真紀)を頂点に置いた色は売らずに夢を売る色町。
極楽を慕うかぶき者抜かずの兵庫(橋本じゅん)率いる関八州荒武者隊が沙霧をさらってきた捨之介といざこざを起こす。
騒ぎを鎮めた色町のあるじ無界屋蘭兵衛(水野美紀)は捨之介とは訳ありの仲。
そこへ沙霧を追って髑髏党が無界の里に乗り込んできた。
捨之介と蘭兵衛、芸者集と荒武者隊が結集して応戦する。
このままでは無界の里が滅ぼされる - 蘭兵衛は無界の里を守る為に一人因縁の天魔王のもとに赴くのであった -
本文(2004/6/18追記)
新感線の座付作家、中島かずきの脚本のキーワードのひとつに二面性がある。それは人と鬼(「阿修羅城の瞳」翼鬼と阿修羅王)であったり人と神(「アテルイ」立烏帽子と荒吐神)であったり善と悪(「野獣郎見参」蛮嶽と道満王)であったり様々である。それはまた、同じ顔を持つ異なるものに転じることもある。(「野獣郎見参」の西門と風鏡)
いずれにせよ舞台の上ではひとりの役者が演じるわけだ。
ひとつの身体に二つ心が宿りせめぎ合うさま。顔も扮装も同じなのにひとりは悪、ひとりは正義。
脚本と演出と役者の力量の相乗効果が、瞬きひとつで異なる人間を舞台に出現させる - それはとても魅力的な瞬間だ。
髑髏城の七人では捨之介と天魔王という信長の二人の影武者がこの二面性を体現する。浮世の義理を三途の川に全て流した「地の信長」と信長に替わって天を手に入れようと目論む「人の信長」。 色には弱いが情けの深い捨之介と無慈悲で冷酷な天魔王が相対し、入れ替わり、滅ぼしあう。まさに看板古田新太のための役どころなのだ。
そしてこの舞台のキーになるのが色町のあるじ無界屋蘭兵衛。黒一色の衣に身を包み、痛々しいまでに真面目な朴念仁。彼もまた二面性を持つ。その正体とふるまいがこの舞台の肝となるのだ。
さて、この舞台再々演であり、初演は90年、再演は97年である。蘭兵衛は90年は当時の新感線の看板役者鳳ルミさんが演じていた。そして97年の再演で蘭兵衛を演じたのは新感線の粟根まことさん。つまり初演では女として「色」を打ち出した蘭兵衛であったのに対し、再演では男として「忠」を打ち出したわけである(そのはずだったのに粟根蘭兵衛、何故か不思議な色気を出してしまい粟根さんの腐女子人気に火がついたわけだがそれは余談 - このあたりはDVDの古田さんの解説に詳しい - )
そして再々演、再び蘭兵衛が女性に戻ったので、きっと「色」を打ち出してくるのだろうな - と思ったら違った。
鳳さんの蘭兵衛が大輪の匂いたつ蘭の花であるのなら、水野さんの蘭兵衛は強く美しく凄烈な蘭の蕾のようだった。女としての「色」を内に閉じ込めたまま「忠」として生きる。新しい解釈だ。隠してもほのかに垣間見える情の炎が痛々しい。
またそれに相対する捨之介の立場も違った。蘭兵衛に最後にかける言葉 - 「すまない蘭兵衛。俺はいつも遅すぎるんだ。」 若くはない成熟した捨之介(何しろ信長の影武者なのだ)その背後にあるのは、長い歳月で失ったであろう多くの愛しいものへの哀惜だ。それがこの台詞に集約されている。
「残されてしまった哀しさ」を抱えつつ「三途の川に全て流した(と嘯きながら生きる)」捨之介とそうはなれなかった蘭兵衛、二人を中心に一気に物語世界が拡がった瞬間だ。
2004年の「髑髏城の七人 アカドクロ」も過去二回の公演と同じように伝説の舞台になるだろう。信じられないくらいスリムになった古田さんの姿とともに(リバウンドしないでくれー)
さて、秋は市川染五郎主演の「髑髏城の七人 アオドクロ」 若くて青い捨之介も楽しみだ。
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