父の書斎の秘密
私は活字中毒である。さきの日記にも書いたとおり本の置きすぎで家の床が抜けてしまったほど。現在絶賛リフォーム中(とほ)。
人は何故活字中毒になるのか? まあSFファンと同じで「なる」のではなく「生まれる」のだが。私の場合はあきらかに父の影響だ。
私の父は、(旧制)中学を卒業後公務員となりその後は働きながら夜間大学の法学部で学んだという苦学の人だ。有体に言えば勉強好きで本の虫。記憶に残る若い父はいつもなにかしら本を読んでいた。ささやかな父の書斎にはさまざまな本があった。いちばん多いのは専攻の法律関連の本であったが文学全集なども揃っていた。私も幼い頃から折に触れて父の書斎に遊び、日々活字に親しんでいたわけだ。
文学作品はヘッセにアンドレ・ジッド、政治・経済ならマルクス、エンゲルス、知られているものを手当たり次第に読んだ。小難しい本を読んで未消化のままにしたり顔で語るのも若者の特権だ。年をとって自分の青いふる舞いに恥じ入ればよいのだ。(もう恥ずかしいったら) 私の本質はSFやミステリのエンターテインメント指向。大衆小説も大好きだった。獅子文六「自由学校」を読んでいた折には母に「なんでそんな俗なものを」とあきれられた。確かにご亭主の居ない間に自由を謳歌し他愛の無いラブ・アフェアを楽しむ元気なご婦人のお話を読んで「面白いじゃん」なんていってる女子中学生ってぞっとしないよね。
ある日、いつものように父の不在時に書斎で本をあさっているときに、本棚の一番下の引き出しに隠すようにしまわれている2冊の古びた本をみつけた。D・H・ロレンス作 伊藤整訳 「チヤタレイ夫人の恋人」上・下 小山書店刊。ぱらぱらとめくると何箇所かに線が引かれ書き込みがある。「こ、これはっ!」私は吃驚した。公僕たる父の書斎でよもや発禁本をみつけようとは。
「チヤタレイ夫人の恋人」裁判。それは「猥褻か芸術か」が流行語になるほど世間の耳目を集めた有名な猥褻文書裁判である。戦後まもなく発刊され、そのあけすけな性描写で大ベストセラーとなるがほどなく発禁となった「チヤタレイ夫人の恋人」を巡り、国が出版社と訳者を訴え裁判になったのだ。
父は酒も飲まず、賭け事もせず、平日は役所と家を規則正しく往復し、週末は趣味の読書や盆栽に親しむという私にとってはあまり面白みのない人間であったがこんな色っぽいものを読んでいたとは!父侮りがたし - いまにして思えば猥褻裁判当時父は法律を学んでいたわけで、その関連であったことは想像に難くないのだが -
当時私は中学一年生だったが、興味津々で「チヤタレイ夫人」を読み始めた。勿論ポイントは問題表現部分だ。律儀な父は、裁判の対象となり後に削除となった箇所に線をひいていたのだ。わかりやすいったらない。
まあ結論としては、これのどこが猥褻?だったけどね。性には興味津々のお年頃ではあったがべつだん興奮もしなかった。ロレンスの原作もたぶんに修飾がかっていたのだろうが、伊藤整訳が非常に美文調であり、あからさまな性描写を書いているにもかかわらず隔靴掻痒の感が否めない。これで興奮した戦後の日本人はよほどウブだったのか。話も他愛のないポルノグラフィだしね。
しかし、伊藤整の文章は大変に気に入ったため、その後も彼の著作に親しんだ。繊細で情緒的、美しい日本語で内容は俗、でも下品じゃないのがポイント(先生のファンの方すみません) ちなみに一番好きな彼の翻訳は「小公女」だったりする。サアラ(セーラじゃないの)がすごい女王様気質なんですよ。お嬢様で女王様。そこにげき萌え。
そういうわけでこれが父の書斎の秘密でした。たいしたことなくてごめんね。
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コメント
本棚を見られるのは、恥ずかしい。
部屋に入られるのも恥ずかしいが、さらに本棚を見られるのはもっと恥ずかしい。
「ふーん、これ買ったんだ」
「何、この本!」
隠していた本を見つけられてしまっては、もっとばつが悪い。
お父様に同情!
きっと青春だったんだし、買い求められたときは「裁判」なっていないわけで、純粋に文学としてご選択されたものと思います。
私は、確信犯の本が多いです。
投稿: Sao_Paulo | 2004.06.24 23:20
sao-pauloさま、コメントありがとうございます。
ふふふ、私も確信犯の本が多いですよう。とりあえずそういったものは本棚の奥に隠して人の目には触れないようにしてあります。
父は私が書斎に入るのを許していましたが、この本を発見されるとは思っていなかったでしょう。あれから20年以上たつわけですがいまだに内緒です。あ、でもここでばらしちゃったわけか>父よすまん。
投稿: nya | 2004.06.25 00:44