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2004年6月

如何に少女はコンピュータに萌えたのか 黎明篇

さて、さきの日記で父の薫陶宜しく活字中毒となった旨を述べたのであるが、一人娘だけあって受けた影響はそれだけにとどまらなかった。

私が育ったのは東京下町。総武線沿線のベットタウン、いわゆるありがちな新興住宅地だ。しかしその地の利は素晴らしかった。

まずひとつ。それは御茶ノ水、つまり書店街が沿線にあったことだ。これは活字中毒には大きな利点だ。その後郊外で生活するようになり、あらためて品揃えの豊富な本屋街が至近にある環境で育ったことの僥倖を感じた。書店における本の品揃えの豊富さは文化のバロメーターだ。地方都市のチェーン店のハコばかり広くて中身の品揃えの貧しく均一なことったらないよ。

閑話休題。

もひとつの利点。それは御茶ノ水のひとつ手前に秋葉原があるということだった。いまの秋葉原は、さながらアジアの一大オタクカルチャーマーケットと化した感があるが、むかしはもっともっと戦後の闇市っぽい泥臭い趣があった。メインストリートには大型の家電店が軒をならべ、裏通りにはアヤシゲなジャンク、電気部品などを売る店が軒を連ねていたのである(いまも面影は残ってるよね)

父の趣味のひとつに家電の修繕があった。昔は今ほど電化製品がブラックボックスではなかったのであろう、器用にハンダごてを使い、調子の悪い冷蔵庫や洗濯機はいうにおよばず、ステレオやラジオなどを修繕していたのである。一度ならずテレビを開けていたのをみた記憶があるが、思うにこれはたいへん危険なことをしていたのではないか。よく感電しなかったものだ(真空管を見た記憶があるんだけどなあ..)

そして父は週末よく幼少の私をつれて、秋葉原に部品調達にでかけていたのであった。父が部品を探す間、私も迷宮のような部品屋やジャンク屋の店内でリレー、スイッチ、コイルその他よくわからない(いまもわけわかりません..;-;)さまざまな部品の醸し出すキッチュでサイバーな雰囲気に浸っていたのであった。

そして私が父に連れられて秋葉原に出入りしていた昭和50年代は日本のパソコン黎明期であった。

ラジオ会館 - 通称ラジカン - をご存知だろうか?総武線秋葉原駅電気街口をおりると目の前にそびえる電子の殿堂(っつーか魔窟)。父のテリトリーにも当然入っていた(ラジオデパートの方がもっとはいっていたんだけどね)

そして、ラジカンこそが日本のマイコンショップの草分けNEC「ビットイン」が開かれた場所であった。

この項続きます。えっと結局コドモの私にはTK-80は高くて買えなくて、自分のパソコンを持ったのはもっとずっと後の話でPC-6001だったりするんだけど、その前にPC-1211でBasic覚えて、Appleの世界に移って、ATマシン手に入れて、DOS/Vで感激して、ダイナブックを衝動買いして、Macと訣別してとかありますが、いずれも話が長いんでまたあとで。

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振り向けば滝がある

滝だ。私の前に水量豊かな滝がある。

確かに私はまだ風邪の回復期で身体が本調子じゃないので居間のソファで横になっていたはずなのに...ここは何処?

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「ああ、これは音止めの滝といってね、かの有名な曽我兄弟があだ討ちの密談をしていたときにね...」
「おお、曽我兄弟。私はむかし外郎売の口上を暗記したことがあるが..ってちがうっ!そんなことをきいているんじゃないー。何故私は梅雨時にこんな湿気てる滝の前にたっているんだあ!」
「ほらほら、弱っているときにはこの滝の生み出すマイナスイオン(科学的根拠なし)でリフレッシュを」

てなわけで、買い物に行くと連れ出され車の中でうとうとしてたら白糸の滝につれてこられてしまった。その名の通り、岩の間から幾百筋もの絹糸のような豊かな流れが落ちている。滝壺は水清らかで、雲のように霧がなびいてそれはそれは心洗われる風景なんだけど...けどさっ!

納得いかねー。何故わたしはここにいるのだ。ちなみにこんな梅雨模様のお天気でも観光客は結構多かったのでした。アジアからの観光客の人もいっぱいいたよ。

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帰りに道の駅朝霧高原で高原牛乳とチーズを買って帰ったけどね。

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代官山で癒されて(嘘)

夜半にどわっと汗を流して目覚めれば平熱。まるでルーティーンワークのような私の扁桃腺だ。喉はまだ痛いがもう熱があがることはないだろう。

とはいえ高熱の翌日なのでまだ身体はだるい。天気はそこそこだが先週の夫の目論見のように丹沢に登山に行くわけにはいかない。家でごろごろしていると夫がいった。

「気晴らしに外に出ようよ。どこでも好きなとこにつれていってあげよう。」
「じゃあ代官山」
「はい?」
「代官山のイル・プルー・シュル・ラ・セーヌの季節のシブーストが食べたい」
「そ、そりゃまた具体的な」 
「食べたい。パンとトレトゥール(お惣菜。キッシュとかおいしいよ)も買いたい」

てなわけで代官山へ。いやそれにしても暑かったー。
季節のシブーストはオレンジでした。すっぱ甘~。

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<代官山某オープンカフェにて。この暑いのに犬を連れた人の多かったこと>

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絶賛発熱中!

昨夜に引き続き絶賛発熱中。うつうつと寝ては起き猫と遊び薬を飲んでは寝る本日。

本日は特に外出・打ち合わせなどの予定も無いため休暇をとってしまった。
会社のプライベートネットワークにはIP-VPN経由でセキュアな接続が可能。しかも自宅はADSLなのでそこそこストレス無く使える。その他オフィス電話の携帯への転送や、電話会議などモバイルワークができるインフラはいたれりつくせり。こんな日でも安心して寝ていられるのは本当に便利な世の中になったものだ。ま、プライベートに職場が侵入してきたといえなくもないのでアレなんですが。使い方次第ってことで。

しかし、風邪に桃缶の組み合わせを考えた人は天才であろう。冷たくて喉に優しい~。薬も飲んだし再び寝ます。
週末で回復するといいな。

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<さっき計ってみました。ま、このあたりがピークだろう>

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ダイエットに王道なし - 胸突き八丁篇

ダイエット開始後1週間、魚と野菜中心の献立で運動を心がけ現在体重は2Kg減。ぽんぽんのおなかが少しへこんだよ。

ただし、これはちっとも減ったうちに入らない。2Kg減とは即ちバイクでいうところの乾燥重量。オイルもガソリンも抜いた数字さ。この先の1Kgがきついのである - がんばれ自分~! 

と、思っていたら好事魔多し、昨夜うかつにもクーラーつけっぱなしで寝て身体を冷やしすっかり風邪っぴきになってしまった。扁桃腺が弱いのに毎夏クーラーの使いはじめにこの手の失敗をする学習能力ゼロ人間だ。

今日は仕事を休むわけにはいかないので何とか出社。みるみるうちに体調悪化。ふらふらになりながら先ほど帰宅。
てなわけでただいま絶賛発熱中38度。風邪の高熱がどれほど体重を消費するのか楽しみだよ~(うわごとなんで気にしないでください) DEAN&DELUCAで買った サーモンと蕪のマリネを食べてとっとと寝よう。

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DEAN&DELUCA東横店 - パンもおいしい。ここの目と鼻の先に昨日の渋谷駅発砲事件現場

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父の書斎の秘密

私は活字中毒である。さきの日記にも書いたとおり本の置きすぎで家の床が抜けてしまったほど。現在絶賛リフォーム中(とほ)。

人は何故活字中毒になるのか? まあSFファンと同じで「なる」のではなく「生まれる」のだが。私の場合はあきらかに父の影響だ。

私の父は、(旧制)中学を卒業後公務員となりその後は働きながら夜間大学の法学部で学んだという苦学の人だ。有体に言えば勉強好きで本の虫。記憶に残る若い父はいつもなにかしら本を読んでいた。ささやかな父の書斎にはさまざまな本があった。いちばん多いのは専攻の法律関連の本であったが文学全集なども揃っていた。私も幼い頃から折に触れて父の書斎に遊び、日々活字に親しんでいたわけだ。

文学作品はヘッセにアンドレ・ジッド、政治・経済ならマルクス、エンゲルス、知られているものを手当たり次第に読んだ。小難しい本を読んで未消化のままにしたり顔で語るのも若者の特権だ。年をとって自分の青いふる舞いに恥じ入ればよいのだ。(もう恥ずかしいったら) 私の本質はSFやミステリのエンターテインメント指向。大衆小説も大好きだった。獅子文六「自由学校」を読んでいた折には母に「なんでそんな俗なものを」とあきれられた。確かにご亭主の居ない間に自由を謳歌し他愛の無いラブ・アフェアを楽しむ元気なご婦人のお話を読んで「面白いじゃん」なんていってる女子中学生ってぞっとしないよね。

ある日、いつものように父の不在時に書斎で本をあさっているときに、本棚の一番下の引き出しに隠すようにしまわれている2冊の古びた本をみつけた。D・H・ロレンス作 伊藤整訳 「チヤタレイ夫人の恋人」上・下 小山書店刊。ぱらぱらとめくると何箇所かに線が引かれ書き込みがある。「こ、これはっ!」私は吃驚した。公僕たる父の書斎でよもや発禁本をみつけようとは。

チヤタレイ夫人の恋人」裁判。それは「猥褻か芸術か」が流行語になるほど世間の耳目を集めた有名な猥褻文書裁判である。戦後まもなく発刊され、そのあけすけな性描写で大ベストセラーとなるがほどなく発禁となった「チヤタレイ夫人の恋人」を巡り、国が出版社と訳者を訴え裁判になったのだ。

父は酒も飲まず、賭け事もせず、平日は役所と家を規則正しく往復し、週末は趣味の読書や盆栽に親しむという私にとってはあまり面白みのない人間であったがこんな色っぽいものを読んでいたとは!父侮りがたし - いまにして思えば猥褻裁判当時父は法律を学んでいたわけで、その関連であったことは想像に難くないのだが -

当時私は中学一年生だったが、興味津々で「チヤタレイ夫人」を読み始めた。勿論ポイントは問題表現部分だ。律儀な父は、裁判の対象となり後に削除となった箇所に線をひいていたのだ。わかりやすいったらない。

まあ結論としては、これのどこが猥褻?だったけどね。性には興味津々のお年頃ではあったがべつだん興奮もしなかった。ロレンスの原作もたぶんに修飾がかっていたのだろうが、伊藤整訳が非常に美文調であり、あからさまな性描写を書いているにもかかわらず隔靴掻痒の感が否めない。これで興奮した戦後の日本人はよほどウブだったのか。話も他愛のないポルノグラフィだしね。

しかし、伊藤整の文章は大変に気に入ったため、その後も彼の著作に親しんだ。繊細で情緒的、美しい日本語で内容は俗、でも下品じゃないのがポイント(先生のファンの方すみません) ちなみに一番好きな彼の翻訳は「小公女」だったりする。サアラ(セーラじゃないの)がすごい女王様気質なんですよ。お嬢様で女王様。そこにげき萌え。

そういうわけでこれが父の書斎の秘密でした。たいしたことなくてごめんね。

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夏の萌え装束リーマン編

台風一過の猛暑で、ついに上着なし、半袖のカットソーとスカートで出社した。あー涼しい。足元サンダルだし。

しかしこの亜熱帯気候の中、サラリーマンの方々はダークなスーツでお疲れ様です。
満員電車で汗を拭う姿にひそかに萌えています。あー天国だ。

それにしてもこの気候でスーツってつらい習慣だよね。フィリピンに出張した際にお仕事した某企業のシステム室の方々がマレー系の方も中国系の方も男性はみな民族衣装のバロン・タガログを着てらしてとても凛々しくかつ涼しそうだったのでした。でも日本の民族衣装って..麻とか紗の着物? それは活動的ではないので、リーマンは開襟シャツに麻のパンツ、パナマ帽がいいなあ個人的に。これで扇子なんか使われたら最高に萌えでしょう。誰か流行らせてくれないかなあ。妻夫木とか似合いそうだよなあ。

満員電車の中で朝からこんなことばかり考えてる腐女子は死んでしまえばいいと自分でも思います。ごめんよう。

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ネットワークビジネス私見

さて数年前、私は新宿の或るビルに入居しているお客様の下で仕事をしていた。
そのビルは一階に本屋があった。活字中毒には非常に嬉しい立地で私は仕事の行き帰りにその本屋を利用していた。

その本屋、異常に人の集まる一角があった。不審に思いその売り場を見やると「ネットワーク・ビジネス」の貼り紙が。「ネットワーク・ビジネス? LAN/WANのことかしらん?」と思って近づくと何やら売り場に置かれた書籍の表紙には成功だの勝者だのポジティブな文字が並んでいる。得心がいった。そのビルには(ネットワーク・ビジネスを展開している)某社が入居していたのだ。どうやらセミナーなども開かれているらしく、参加者がセミナー参加後にその本屋で関連書籍を買い求めていたのだ。

そしてある日、私はビルのそばで、若いサラリーマン風の男性二人に遭遇した。彼らはハイテンションで肩を叩きあいながら言っていた。

「俺たち、成功しような!」
「そう、成功者の中の成功者になろうな!」

吐き気がした。

私は大学を卒業して程なく結婚した。当時は夫も私もコンピュータ・メーカーの駆け出しのエンジニア。蓄えも無くサラリーも低い。東京郊外の木造アパートで慎ましい生活を始めたばかりだった。夫と私は大学時代同じサークルに属していた。新居にも共通の友人が訪ねてくることもあり楽しくやっていた。

サークルの同級生に親分肌の友人がいた。彼はサークルのリーダーを勤め、懐が深く情に厚く、先輩後輩に慕われていた。夫の親しい友人でもあり、学生時代はよく一緒に遊んでいたようだ。結婚してしばらくしてその友人から夫に電話があった。

「相談したいことがあるんだ。今度遊びにいってもいいかな?」

夫は、半ば心配そうに、半ば嬉しそうに待っていた。同期で結婚したのは私たちが最初。
「俺に相談したいことって何かなあ。結婚でもするのかな。なにか助言できることがあればよいのだが」
夫は本当に彼が好きで、彼のことを思いやって待っていたのだ。程なく彼が訪ねてきた。そして開口一番彼はいった。「紹介したい製品があるんだ。これは - 」
そう、某ネットワークビジネス系製品の売込みだ。彼は非常に熱っぽく語った。その製品は質もよく環境に優しく、したがってそれを頒布するのは社会にとっても販売者にとっても益である。是非、彼の下で私たちもその製品を売らないかと -

夫は喜怒哀楽をあまり外には出さない。しかし私には彼が心の中で打ちのめされているのがわかった。彼にとってかけがえの無い親友は彼をビジネスのひとつのルートとしてしかみなしていなかったのだ。
私は言った。「あなたの言い分はわかった。しかしそのビジネスは魅力的なものには見えない。私たちはやりがいのある仕事をしておりそれで手一杯。サイドビジネスをしている余裕はないのだ」と

すると彼はいった。「でもそれって企業の飼い犬だろう?やっぱり男なら独立して大きなビジネスをしなくちゃあ」

ふざけるな。他人の作った製品を他人の作ったフォーマット通りに売って、何が独立だ、ビジネスだ。あなたこそが成果のみに目が眩み信頼も友情も土足で踏みにじった詐欺まがいの金儲けビジネスの飼い犬だ(飼い犬ごめんね)。

怒髪天をつき彼を罵る私を諌めたのは夫だ。

10年以上も前のことだ。夫はその後も屈託なく友人とつきあっているし、彼も二度とビジネスの話を持ち出さなかった。別に友人の性格が変わったわけではない。彼は今も面倒見の良い男気に溢れた良い人間だ。あれは私たちのあいだではなかったことになっている。しかし私は夫の信頼を足がかりにビジネスをしようとした友人を心の底では今も許してはいない。

ことほどさように私はネットワークビジネスが嫌いだ。

私は米国系企業で米国由来の製品を彼らのセリング・ストラテジーの下に販売している技術系営業だ。製品同様そのセリングもシステマティックなフレームワークにのっとったものであり、ネットワーク・ビジネスも同じ根から生じたストラテジックセリングの一形態であることは理解している。

しかし、セリングはただ販売だけではない。プレとポストが存在する。即ち - セラーはバイヤーとの間に信頼関係を築き、良い製品を販売する。そして販売後もご満足いただくようにサポートするということだ。

私見ではあるが、セリングの真髄・醍醐味はそのプレ・ポストにこそあると信じている。
ビジネスに厳しい目を持つお客様の信頼を勝ち得たとき、製品およびサポートにご満足いただけたときはほんとうに嬉しく、努力が報われたときの充足感はなにものにも変えがたい。これはその出自が米国であれ日本であれ商売の普遍の基本と私は思っている。

ネットワークビジネスのセリングには、このプレとポストがない。そのルート・トゥ・マーケットは新規に開拓するものではなく、家族・友人などのセラーの既存の人間関係を利用するわけだ。公私の無い販売活動は甘えを生む。そこには、バイヤーがセラーの提供する製品・サービスをシビアに検証し、多くのコンペと比較して選び、更にフィードバックするというプロセスが抜け落ちているのだ。

ネットワークビジネスはお客様との間に築く信頼関係やそれより得る充足感をバイパスしたうえに築かれるインスタントでミゼラブルな金儲けの手段だ。それを選ぶ人が多いことも事実だし、否定はしない。しかし私はそれを決して選びはしないし、勧誘いただいても丁重にお断りするだけだ。

そういうわけで、日記にコメントをいただけるのはとても嬉しいのですが、宣伝、勧誘に関するもの、公序良俗に反するものは管理者の判断により断り無く削除させていただく場合があります。今後ともよろしくおねがいいたします。

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ここは公園じゃない(ダイエットに王道なし- 応用篇)

今日も今日とてスポーツクラブに出かけようと支度していると夫が言った。折角の天気の良い休みなんだからインドアではなくアウトドアで運動しようと。「公園をのんびり歩きながら自然に親しむのも良いものだよ」と。

山野育ちの夫は私よりずっとアウトドア志向だ。フリーの身ににかこつけ日ごろから取材と称してあちこちのアウトドアスポットを出歩いている(彼の記事を見る限りあながち方便でも無い様だが)。 そういうわけでつれてこられたのが家から車で一時間ほどの県立七沢森林公園

まあ、公園を散策するくらいならよいか - と思ってつきあったのだが。

だまされた。

どこの山の中やねん。ここは!

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山を登り、尾根を歩き、沢を下って1時間半 - 公園じゃない、これを公園と言ってよいはずはない!「猿に注意」の立て札があるよ!

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この七沢森林公園は「丹沢の自然をそのまま生かしたダイナミックなハイキングが楽しめる公園」 とのことである。一応、スニーカーに帽子、リュックのハイキング装備で来たのが幸いしたが足の豆は破れたよ。

夫は言う。「さあ、来週は丹沢に挑戦だ!」

来週末はきちんと梅雨が戻り、雨になることを切に望む。都会育ちの私は、インドアのウォーキングマシーンで十分だ(涙)

あ、誤解なきよう。山あり沢ありというのは横浜スタジアムの24倍以上の園内をぐるりと巡る遊歩道(登山道だよ..)であり、その中央部には、バーベキューガーデンや野外劇場などの公園らしい施設がちゃんとあり、小さなお子様からお年寄りまで楽しめる良い公園ですよん。

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ダイエットに王道なし - 実践篇

さらに享楽的に加えて自堕落なたちであるため始末が悪い。ここしばらく週末ともなるとソファに沈んで終日酒を飲み続けるたれぱんだ状態である。これではいくらカロリーを制限したとしても消費は覚束ない。ここはひとつ有酸素運動でもして根本的に代謝をあげねば。

というわけで、会員になっている自宅近くのスポーツクラブに1年ぶりに足を踏み入れたわけだが(だめじゃん)

よかった~。ロッカーの中の靴やウェア腐ってなくて。

何しろ1年ぶりの運動なもので初心者向けのエアロビクスのクラスで1時間ほど汗を流し、其のあとサウナでさらに絞る。さすがだ~。これだと前後で1Kg体重が違う。すぐに元にもどるだろうが。1年ぶりに腹筋を使ったよ(だめだめじゃん)

私は某大手スポーツクラブの会員だが、さすがに週末ともなると人が多い。朝からひと運動してラウンジで新聞片手に生ビールを飲むお父さんたち。優雅な週末である。何か間違っているような気もするが。

ウィークディも深夜まで営業しているので、しばらく通うことにしよう。

食事に関しては、専属料理人(堀晃先生的配偶者の呼び方。太陽風交点のトリニティ萌え~)が、張り切ってダイエット食を作っている。昨日の夕食は平目のホイル蒸し玉ねぎ・茸・アスパラ添えと蛸とわかめの酢の物。今日は温野菜をもう少し増やしてもらおう。あとはりんご酢をペリエで割って飲んでます。シードルみたいでおいしいよ。

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<バルコニーにアウトドアチェアを出してみた。すっかり夏だ>

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ダイエットに王道なし

元来、享楽的な性格である。いわゆる「こらえ性がない」ってやつ。

10代の頃は意識せずとも体型をキープできていたのだが、就職し親元を離れたのが折りしもバブル真っ盛りの頃。東京下町で質素(注)な公務員の家庭に育ち、両親より清廉をもって善とする薫陶を受けた私だが、堕落は早かった。仕事とともに美食と酒も覚えた。以来、私はずっと自分の体重およびコレステロール値と戦ってきた。

(注:こんな感じ)
高校生の時に大病をした。入院を経て自宅療養中の私に滋養に良いと聞き込んだ母が上野松坂屋でローストビーフを買い求め、食べさせてくれたのが私の生涯牛肉初体験だ。これは20年程前の話であり決して戦前ではない。

巷に流行る怪しげなダイエット方法も結構ためしたし、エステサロンに通ったこともある。
しかし何十万円も費やして得た結論、それは「ダイエットに王道なし」という身も蓋もないものだった。結果として私にとって効果のあったダイエット方法は一種類しかなかった。食べないことだ。これだけは効いた。

1ヶ月で10Kg以上落ちたことがある。当時私は初めて大きなプロジェクトを任されたが、トラブルが頻発しスケジュールは遅れお客様からは連日叱責され針のむしろ状態を味わったのだった。過度のストレスで食欲は無くなった。当初は栄養ゼリーでしのいでいたがやがてそれすらも喉を通らなくなりみるみる痩せた。それが続けば身体も壊していたろうが、良くしたもので程なくプロジェクトはうまく流れはじめ、食欲も戻っていったのだが(そして体重も元に戻った..とほほ)

あんな心労は二度と御免だが、要するに摂取より消費を増やせばやせるということだ。
まあしばらくがんばってみます。

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<ソファの下に隠れて前を通るとじゃれかかってくるねこまる>

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ほの昏い水の底で(嘘。新江ノ島水族館)

梅雨の中休みでどことなくまったりとしたウィークディ。代休を利用して、通常は望むべくもない人気のスポットに行って見た。4月に改装相成った新江ノ島水族館

そしたら結構混んでいるのでびっくり。親子連れもカップルも結構多かったのだ。

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<江ノ島水族館といえばみなぞう君。なぜあんなにでかいのだ>

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<みなぞう君の新しい芸。係員のおじさんはぐっじょぶ!だと思う>

博物館、科学館、水族館が大好きだ。そこに集う人だちは老若男女、何かを知る驚き、喜びに溢れているから。

私の今日の発見、ゴンズイ(ゴンズイ玉つくってたよ~)って権瑞って書くのだ!

ところで、江ノ島の海岸で遊んでいたら夫に写真をとられてしまい、そこに写っていたのはただの肥満中年だったのでダイエットを決意。夫がハウスハズバンドとなり、夕食をつくりはじめてから約1年。気がつくと5Kgも体重が増えていたのだ。20代の頃の体重に戻るなどという大それたことはもはや考えていないが、せめて盛夏になり薄着になったときに見苦しくないくらいにはなりたいっす(;-;) 


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ドナインシタイン博士とGo!

関西一高学歴(京大理)で理屈屋の役者、Docこと川下大洋(Piper所属)主宰の「ドナインシタイン博士のひみつ学会」を聴講してまいりました。ちなみに関西二の高学歴(阪大理)で理屈屋の役者は学会にも参加されている粟根まことさん(新感線所属)です。お二人とも大好きです。眼鏡に白衣はただしく私の萌えアイテムです。はい、ただの馬鹿ファンですね。

この学会。まあ要するに研究発表の形式にのっとった役者さん、芸人さんのコント・小ねた大会です。はっきりいってヌルいです。私は笑いの沸点が高いので笑えないコント・ネタはほんとうにつらいんですが、学会はさすがに関西小演劇の精鋭役者さんが集まっていたのでまったり楽しくすごせました。それにしても板尾さん(ビデオ参加)のコントは不条理だ。好ましいけど。

今回収穫だったのは吉本興業所属のカリカのお二人。若手のコントを面白いと思ったのははじめてかもです。いやーエンタの神様とかオンエアバトルとかいくらみても笑えなかったのでもう若い人の笑いはわからないのだと絶望していた矢先でした。希望の光をありがとう。

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<今日のランチ、KAGOME「緑王」とグリーンサラダ。緑緑しい>

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「Civil Campaign」を紹介する注釈のほうが長い日記 - A Day in the Life -

I read the news today, oh boy..♪ しまった今日は新聞休刊日だ!(すみませんBeatles好きなんです)

てなわけでいつもの日経新聞が無いので、通勤電車で昨日アマゾンから届いたA Civil Campaign」を読み始める。表紙がハーレクインロマンスにしかみえないのでちょっとはずかしい。明日からカバーをかけよう..

うわーマイルズ(注) いきなり玉砕かよ..。

(注釈)
発表以来、SF関連の賞を総なめにしている名作スペオペシリーズ、ヴォルコシガン・サーガの主人公マイルズ・ヴォルコシガン卿。初登場は「戦士志願」で17才。バラヤー中興の貴族ヴォルコシガン家の一粒種のマイルズ殿下はパタリロ体型でハンディキャップなたぶんSF史上もっとも弱っちくていじけ虫な主人公。でも頭脳はぴかいち。舌先三寸で縦横無尽の大活躍。女の子(含む獣人&両性具有)にももてもてだけど何故か好きな子には振られてばかり。
「お星様、僕のレディ・ヴォルコシガンはどこにいるのかしら」と涙する日々。

2000年に発表された「Civil Campaign」はそんな宇宙一不幸なマイルズ殿下(もう30才)の決死のプロポーズ大作戦(ママ・コーデリアのサポート付)。ついでに彼の周りの登場人物も老若男女みなまとまっちゃうラブコメ篇 .. という推薦文を聞いてついに原著に手をだしたのだ。だってそこにいたるまでに未訳がまだ2作あるのよ(;-;)。待っていられない~(こんなファンは多いらしいよ)

作者ロイス・マクマスター・ビジョルドはばりばりのミリタリー・スペオペを得意とするために現代のハインラインとも称されるが、人物造詣の細やかさとどこへ連れてかれるの~的鮮やかなストーリー展開、たくまざるユーモア、ジェンダーフリーを基とする押し付けがましくないフェミニズムはさすがに現代の新感覚女流SF作家。好きです。

マイルズ君のご両親、アラール卿とコーデリア妃のなれそめとマイルズ君誕生秘話は以下2作。女の子が元気な物語は読んでて気持ちがいいのだ!

(2004.6.20追記 - 読書感想は日記内にまとめました)

「名誉のかけら」 - ロイス・マクマスター・ビジョルド

主人公コーデリアはおっとこ前な惑星探査船艦長33才。彼女が戦場で敵として出会った中年オヤヂ軍人アラール・ヴォルコシガン44才と惹かれあい不器用な恋愛を育てていくうちに、背後では壮大な陰謀と星間戦争が繰り広げられていくのであった。もちろん最後はハッピーエンド。SFハーレクイン・ジュブナイル。コーデリアの男気とアラールの無骨な紳士っぷりに惚れました。

「バラヤー内乱」 - ロイス・マクマスター・ビジョルド

「名誉のかけら」でアラールと結ばれたコーデリアは彼の故郷の中世文明の星パラヤーにお嫁入り。いつの間にかアラールは5歳の皇帝の摂政となり権力の中枢に。引退した軍人さんとのんびり暮らすつもりだったのに話がちがうよ~と嘆きつつ子供(マイルズ君)もできて幸せいっぱい。幼皇帝を巡る陰謀もがしがし力業で打ち破る。アラール政敵の毒ガス攻撃でお腹の子供が危ないとなれば人工子宮にすぱっと移し、クーデターが起これば落ち延びた幼皇帝を匿いつつ王宮にのりこみ、クーデター首謀者の首をたたっ斬る(いや斬ったのは部下だけど)。痛快”がんばるヨメ”活劇。ラストシーンがとてもよい。あらゆる手段でマイルズの誕生を阻止しようとした(中世の星バラールではミュータントは忌むものとされているのだ)アラールの父、ピョートルを5歳のちびマイルズがその舌先三寸の片鱗をみせて懐柔するのだ。ピョートルは後の物語ではマイルズのよき理解者となる。こんな細やかな演出が随所にみられます。私はヴォルコシガン・サーガ全作を通じて「バラヤー内乱」が一番好きだ。

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ニクイカワイイアンビバレンツ - 「Coupe FIAT」

私にとって世界でいちばん可愛い車。それはCoupe FIAT
私にとって世界でいちばん憎い車。それもCoupe FIAT。

それはFIAT社が満を持して1993年(日本では1995年)に送り出した2ドアクーペ。
どんな車にも似ていない斬新なエクステリア。ビビッドな色使い。ピニンファリーナの芸術的なインテリア。
エンジンの性能は知らない。外見にしか興味ないから(ひでー、でもそんな悪くないらしいです)

恋に落ちた。欲しくて欲しくてたまらなくなって買ったのだ。

それまで乗っていた車は国産のオフロード。およそ10年、故障などしたことがない全く手のかからない車だった。
そんな糟糠の妻的日本車を捨てて、傾城の美女的イタ車に惑わされた私を待っていたのは - 修繕地獄だった。買って半年でバッテリーがおしゃかになった。ドアのパッキン(というんですかあれは?)は剥がれ落ち、クーラーは夏ごとに日和る(そもそも高温多湿の日本の気候にあってないんだ欧州車は)。警告ランプがつきっぱなしになると思ったら車載コンピュータを収めるボックスに雨水が浸透していたなどなど、いつもどこかしら調子が悪い。
まあ、幸いにしてエンジンの調子が良いため、いままでJAFのお世話になったのは、夜中の府中街道でバッテリーがいかれて立ち往生したときだけだ。

年間の修繕費は100万をくだらない。自宅隣に欧州車専門のガレージ(○○オート様、いつもお世話になっております..) がなければとてもいままで維持できなかったろう。

見掛け倒しの金食い虫、それなのに質実剛健な日本車(せめてドイツ車..)に乗り換える気分にならない。

だって美しいから。(だめやん!)

あ、Coupe FIATは現行車種じゃありません。本格的にだめになったら次はなにに乗ればいいのだろう..(;-;)

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<お天気が良かったので洗車。テールランプがキュートなのだ>

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腐女子的高村薫考察

この文章は腐女子的ヨコシマな内容ですので、その手の話題がお嫌いな方もしくは高村薫先生のファンの方はスルーしていただければ幸いです。

てなわけで

私は通勤の電車内で日経新聞朝刊を読むのを常としている。その日の業界のニュースを仕入れ、人事を確認し、営業としてお客様との話題のひとつも仕込んでいこうという思惑だ。でもこれはあくまで建前。

数年前話題になった小説に渡辺淳一の「失楽園」がある。(彼の初期医師時代の作品やエッセイのファンである私にとってあの辺以降の作品群はなんともいえない気分になるのであるがそれはまた別の話) あれはそもそも日経朝刊の連載小説であり、連載当時、過激でインモラルな性愛描写が朝の電車を隠微な雰囲気にしたと評判であった。

で、あれがオヤヂを萌えさせていたなら、いまの日経朝刊は腐女子を萌えさせているといっても過言ではない。そう、高村薫の「新リア王」である。あの作品のバックボーンを知らない人にとっては、地方の金権体質の代議士オヤヂが世をはかなんで出家した息子に向かって昭和政治史を延々と語っている重厚であるが冗長な話としか思えないかもしれないが、なかなかどうして、腐女子はあれで朝から萌えているのである。

いや別に朝っぱらから栄X彰之の親子萌え~とか言ってる訳じゃないけど(むしろ親子なら秋道X彰之であろう)

そんな腐女子の心を鷲づかみにする高村薫の隠微な世界とはいかなるものか -

私がそもそも遅すぎる腐女子デビューをした訳は、高村薫に起因する。もっともある時期まで私は確かに高村作品を一般に評価されている「硬派な文体で骨太なストーリー」のミステリー(私的には冒険)小説として他意なく読んでいた。

初めて読んだのは「黄金を抱いて翔べ」。 犯罪小説ではあるが、翻訳調の硬い文章で語られるわくわくするような冒険譚に魅入られた。その後、高村作品に親しんできたが、それはあくまでもエンターテインメントとして楽しんでいたのである。 主要人物が殆ど男性で、美形描写が多いなとは思っていたが。

ところで高村薫は改稿で有名な作家だ。ハードカバーの中でも刷を重ねる毎に文章に手を入れていく。顕著なのは文庫になるときである。その改稿は甚だしく、殆ど別作品になってしまうこともある。

私がその手の天啓を得たのは文庫「李歐」を読んだ時だ。この作品は「わが手に拳銃を」の改稿版だが、その変貌たるや、タイトルがかわっていることからも押して知るべしであろう。勿論ストーリーの骨子は変わらない。虚無的な青年一彰が夜の街で殺し屋リ・オウ(李歐)に出逢い、惹かれ、裏社会に飲み込まれていくというものだ。どちらかといえば若書きの、ざっくりとした冒険小説色が強かった「わが手」と比較し、「李歐」は運命に(むしろ自分から進んで)翻弄される一彰の心の機微と人生を丁寧に追っている。そこに淡く濃く絡みあう美貌のスパイ「李歐」。そう「李歐」は一彰と李歐の運命的な出逢いとその後の数十年にわたる愛の醸成が描かれているのだ。丁寧に精密に描かれた文の間から二人の絆の確かさ深さが匂い立つ。そして遂に二人は中国本土の5000本の桜の咲く屯(李歐が一彰のためにつくった屯だ!)で結ばれるのだ。

こんな美しい男同士の愛の話はいままで読んだことがなかった。友情は極めれば愛になるということか。私は二人の関係に萌えた。そしてこの話、二人の性格付けはボーイズラブの文法にぴたりとあてはまることに思い至った。
それは、やくざの組長だろうがばついち女教師だろうが男女来るもの拒まずのクールビューティ、でも心は李歐一筋の「誘い受け」一彰と絶世の美貌と天才的な頭脳、冷酷な判断力を持ち、持てる力の全てをただ一彰を得るために費やす「俺様攻め」の李歐に。

そんなヨコシマな視点でみると高村作品は私には読み解き易くなった。代表作の合田シリーズなんて設定がまんまボーイズラブだ。無骨で硬派な警視庁の敏腕刑事と美貌の特捜検事の微妙な関係。

主人公合田雄一郎は、学生時代の親友、特捜検事の加納祐介と瓜二つの容貌(ここ重要)を持つ双子の妹の喜代子を愛し、若い結婚をしていたが、ほどなく離婚。元妻は恋人を得て海外に渡る。しかし、加納とは変わらない友情を保ち、他人には義兄と紹介する。この義兄、特捜検事と言う多忙な身にもかかわらず、自分の身を全く省みない義弟の世話をなにくれとなくやくのである。合田が部屋に帰るとアイロンがけをしている義兄が迎えたこともあるくらい。炊事掃除洗濯は言うにおよばず風呂沸かし靴磨き、新妻もかくやの世話焼きっぷり。ついにはフランスパンと赤ワインを持ってニコタマの河原でピクニック(inレディ・ジョーカー)をするに及んでは、30半ばの男しかもエリート公務員が二人でなにやってんだかの世界である。

まあ、このふたりいろいろあって、「マークスの山」「照柿」と本筋にかかわったりかかわらなかったりしながら愛を深めとうとう「レディ・ジョーカー」の最後で合田が加納の愛に答えて逆告白をするにいたるのだが。
(合田がラブレターを書いた銀座の風月堂は腐女子高村ファンの聖地だ)

しかし、どうやら世の男性諸氏はこの高村的愛の世界を認識していないのか(それとも故意に黙殺しているのか)
過去映像化された高村作品ではこのあたりの(腐女子にとっては)肝心要の関係やシーンが見事に削られているのだ。おそらく現在映画化が進行中の「レディ・ジョーカー」でもこのあたりには全く期待できないだろう。石原軍団だし。

かくして私は、高村作品をキーとして腐女子の世界に足を踏み入れた(先生お許しください)。あとは坂道を転がり落ちるワニ(by沢野ひとし)のごとくである。最初はおそるおそるアマゾンなどで買っていたボーイズラブ小説も、いまでは一般書店で躊躇無く買うことができる。思えば遠くへきたものだ。

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<熱愛する神田神保町スヰートポーヅ。神保町で本を買い込んだあとは、ここでビールを飲みながら餃子定食を食べるのだ!>

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気がつけば負け犬

マル金マルビの昔から人はカテゴライズされるのが大好きである。最近のヒットのカテゴリーが「負け犬」。

そう、30代以上で未婚で子供を生んでいなければ「女としては負け」の人生なのである - そんなことない。お仕事楽しいし、収入は自由に使えるし、恋人だっているから充実している人生よ、などと反論してもそれは「負け犬の遠吠え」に過ぎないのだという概念。わたしも未婚以外はこの条件にあてはまり、常々「ああ、私は人類の遺伝子ビークルになり損ねたのだなあ」というそこはかとない敗北感、疎外感を感じていただけにこの概念には素直に納得した。

しかし「負け犬」というネガティブな言葉にもかかわらず、この概念は不思議に肯定的に受け止められている。
さしたる理由も無く結婚しない、なんとなく子供をもたないというこの感覚は30代以上のある傾向を持った女性に共通のものであり、それを誰かにカテゴライズしてもらいたかったのではないかと思う次第。

その傾向が何かについてはつきつめて考えたことは無いのだけれど。

ただ、そのカテゴリーにあてはまる私の友人をみると、よい仕事をし、周囲から評価され、私生活でも充実した趣味を持ち人生を楽しんでいる人 ?...って私が違うじゃん!
まあ私の場合、既婚であるため、厳密にいえば負け犬の定義から外れているが。
しかし夫は私の扶養家族だ。むしろキングオブ負け犬(クイーンか?)ではないかと思う。マンションのローンはきついよう(;-;)

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はぢめての婦人科検診「子宮がん検診篇」

かれこれ40年近く自分の身体と向き合っているわけだがこれがまたままならないものだ。

ありていな話、生理不順と生理痛。私はこれを自分の日常としてつきあってきた。
生理は一般的には28日周期といわれているが、私の場合は1年に2,3回。生理痛がこれまたひどい。
自分の身体から肉が剥がれ落ちる様が明確にイメージできるほど。まあ、実際血と肉片のようなものが排出されるのだ。痛み止めは1時間に1回づつ服用する始末。ほとんど人として使い物にならない生理期間。

迂闊ではあると思うが、私はこれを病気や異常としては捉えなかった。こんなものとしてごまかしごまかしつきあってきたのだ。

しかし、ここ1年ほど、なぜか私の卵巣が絶好調。生理がほぼ28日周期でやってくる。生理痛は2日目に痛み止めを1,2回飲めば良いほどに軽くなった。出血量もびっくりするくらい少ない。

なにもしていないのに。

虫のいい話で、調子が良くなると不安になった。なにか悪い病気の兆候ではないかと。

そういうわけで婦人科検診を思い立ったのであった。

場所は「女性のための生涯医療センターViVi」

いやーびっくりした。最新の婦人科検診は近代的でオープンだ。先週の乳がん検診もそうだったが、先生は診察台の横のディスプレイに超音波やカメラによる画像を映し出し、ポインターで「ここが卵巣、正常ですね」とか「子宮の長さは7cmが一般的ですが、ここに筋腫があって少し厚くなってますね」とかフランクに話してくれるのだ。
これがいわゆるインフォームドコンセント!

子宮頸がんや体がんのためのサンプル収集時も、カメラに写して「ここからサンプルとりますねー」などと話しながら施術してくれるため、こちらもとてもリラックスして検診をうけることができた。自分の子宮をよもや映像でみることになるとは...。

内診で発見されたのは、数センチ大の子宮筋腫だが、これは女性の5人に1人は発見されるレベルのものなので経過観察だけでよさそうとのこと。もちろんがん関係の検査の結果をみてからだが。

なにはともあれ少し安心。
自分の身体、特に性が関連する部分はなかなか向き合うのは難しいが、これも私の一部であるなら後悔しないケアを心がけたいなと遅ればせながら思った。

それにしても、どうして急に絶好調になったんだ私の卵巣!

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早起きの効用

朝4時になると自然に眼が覚めるようになってもう数年になる。

それまではご多分にもれず夜更かし朝寝坊。出勤時刻10時ぎりぎりに会社にたどり着いていた次第。
それが変わったのには止むにやまれにぬ事情があった。

私は外資系コンピュータ会社に勤務しているエンジニア。
当時の私の仕事は米国東海岸の開発部門(いわゆるラボ)で開発された製品の担当。
ある時、客先でその製品の不具合が起こった。私は問題特定のためにお客様とラボと密に連絡をとりながら仕事をしたのだ。ラボとの時差は13時間、ほぼ半日。

昼間は客先に常駐し、トラブル原因を特定するためのテストや情報収集、夜間はラボと電話/チャットを駆使して問題の分析、修正をすすめた。13時間とはつまり、ほぼ24時間ノンストップでトラブル収集に費やすことができるというたいへん便利な時間差。しかしこれでは私の身体がもたない。従って夜10時(ラボは朝9時)にラボと電話で会議して就寝。朝の4時ころから進捗をチェックし、また会議、分析結果や修正を持って客先でテストをする。こんな生活が半月ほど続き、めでたくトラブルは解決したが12時ころ寝て4時ころ起きる生活パターンが身についてしまったのであった。(ちなみにトラブルの原因は厳密に言えば製品ではなかった..)

1日の平均睡眠時間は4~5時間。これも慣れ。週末もこのリズムを崩さずお昼寝などして睡眠時間をリカバーしてる。

この生活はちょっと便利だ。4時におきてコーヒーを飲みながらメールをチェックする。夜間に来た(主に海外からの)メールはここで処理をする。最近のNHKニュースは4:30から始まるため、テレビをみながら1日の仕事の段取りができてしまうのだ。

そしてのんびり支度してラッシュアワーをさけて会社にでかける。1日が長いよ。

まあ、そのかわり夜が早いのが難点か。帰宅は夜の9時ころ。NHKのニュースをみながら夕ご飯を食べるのが習慣。できればその後、テレビ東京のワールドビジネスサテライトをみたいのだけど、トレンドたまごまで見れれば御の字、小谷さんの顔を見ると眠くなってしまうのだ..。

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「髑髏城の七人」考

演劇の魅力は多々あれど、私が囚われている理由。それは「芝居が化ける」瞬間に立ち会えることだ。同じ脚本、同じ演出、同じ役者 - なのに場の生み出す空気が、ある時明白に変わるのだ。観客の反応、場の空気も作用して、舞台の上で箱庭的に演じられている空間が変貌する。

世界が拡大し、その中に魂ごと持っていかれる。

そのライブ感がとても好きだ。勿論これは時たま出会う僥倖で、最後まで「はいれない」「ぴんとこない」芝居があるのも事実だし、それなりに面白いのだけれど、それだけで終わってしまう芝居も沢山ある(いやそれがほとんどかも)

新感線の舞台は、私にとってその僥倖に出会える機会の多い舞台。だからずっと観ている。

昨夜は新感線中期の傑作「髑髏城の七人」再々演の千秋楽。3度目の上演だが主役は一貫して「不世出の看板役者」古田新太。その古田新太が新感線の舞台の中心にかちりと嵌ったときの恐ろしさをまざまざと感じた。

華がある。艶がある。舞台から血と硝煙の匂いの混じった風が吹く。

役者とともに観客も3時間の舞台を駆け抜けた。

あらすじ(2004/6/13追記)

舞台は織田信長が本能寺で明智光秀に討たれて八年後の関東。そこは「天魔王」に率いられた謎の軍団「関東髑髏党」が跋扈する無法の地。その髑髏党に追われる少女沙霧(佐藤仁美)をなりゆきで助けた三界に枷なしのやせ牢人狸穴次郎左衛門(佐藤正宏)と浮世の義理を三途の川に全て流した玉ころがしの捨之介(古田新太)。滅法強い捨之介は姦計を弄して髑髏党から沙霧を助ける。
しかし彼の本業は人買で沙霧を色町に売り飛ばすために助けたのだ。
無界の里は極楽太夫(坂井真紀)を頂点に置いた色は売らずに夢を売る色町。
極楽を慕うかぶき者抜かずの兵庫(橋本じゅん)率いる関八州荒武者隊が沙霧をさらってきた捨之介といざこざを起こす。
騒ぎを鎮めた色町のあるじ無界屋蘭兵衛(水野美紀)は捨之介とは訳ありの仲。
そこへ沙霧を追って髑髏党が無界の里に乗り込んできた。
捨之介と蘭兵衛、芸者集と荒武者隊が結集して応戦する。
このままでは無界の里が滅ぼされる - 蘭兵衛は無界の里を守る為に一人因縁の天魔王のもとに赴くのであった -

本文(2004/6/18追記)

新感線の座付作家、中島かずきの脚本のキーワードのひとつに二面性がある。それは人と鬼(「阿修羅城の瞳」翼鬼と阿修羅王)であったり人と神(「アテルイ」立烏帽子と荒吐神)であったり善と悪(「野獣郎見参」蛮嶽と道満王)であったり様々である。それはまた、同じ顔を持つ異なるものに転じることもある。(「野獣郎見参」の西門と風鏡)

いずれにせよ舞台の上ではひとりの役者が演じるわけだ。
ひとつの身体に二つ心が宿りせめぎ合うさま。顔も扮装も同じなのにひとりは悪、ひとりは正義。
脚本と演出と役者の力量の相乗効果が、瞬きひとつで異なる人間を舞台に出現させる - それはとても魅力的な瞬間だ。

髑髏城の七人では捨之介と天魔王という信長の二人の影武者がこの二面性を体現する。浮世の義理を三途の川に全て流した「地の信長」と信長に替わって天を手に入れようと目論む「人の信長」。 色には弱いが情けの深い捨之介と無慈悲で冷酷な天魔王が相対し、入れ替わり、滅ぼしあう。まさに看板古田新太のための役どころなのだ。

そしてこの舞台のキーになるのが色町のあるじ無界屋蘭兵衛。黒一色の衣に身を包み、痛々しいまでに真面目な朴念仁。彼もまた二面性を持つ。その正体とふるまいがこの舞台の肝となるのだ。

さて、この舞台再々演であり、初演は90年、再演は97年である。蘭兵衛は90年は当時の新感線の看板役者鳳ルミさんが演じていた。そして97年の再演で蘭兵衛を演じたのは新感線の粟根まことさん。つまり初演では女として「色」を打ち出した蘭兵衛であったのに対し、再演では男として「忠」を打ち出したわけである(そのはずだったのに粟根蘭兵衛、何故か不思議な色気を出してしまい粟根さんの腐女子人気に火がついたわけだがそれは余談 - このあたりはDVDの古田さんの解説に詳しい - )
そして再々演、再び蘭兵衛が女性に戻ったので、きっと「色」を打ち出してくるのだろうな - と思ったら違った。
鳳さんの蘭兵衛が大輪の匂いたつ蘭の花であるのなら、水野さんの蘭兵衛は強く美しく凄烈な蘭の蕾のようだった。女としての「色」を内に閉じ込めたまま「忠」として生きる。新しい解釈だ。隠してもほのかに垣間見える情の炎が痛々しい。

またそれに相対する捨之介の立場も違った。蘭兵衛に最後にかける言葉 - 「すまない蘭兵衛。俺はいつも遅すぎるんだ。」 若くはない成熟した捨之介(何しろ信長の影武者なのだ)その背後にあるのは、長い歳月で失ったであろう多くの愛しいものへの哀惜だ。それがこの台詞に集約されている。

「残されてしまった哀しさ」を抱えつつ「三途の川に全て流した(と嘯きながら生きる)」捨之介とそうはなれなかった蘭兵衛、二人を中心に一気に物語世界が拡がった瞬間だ。

2004年の「髑髏城の七人 アカドクロ」も過去二回の公演と同じように伝説の舞台になるだろう。信じられないくらいスリムになった古田さんの姿とともに(リバウンドしないでくれー)

さて、秋は市川染五郎主演の「髑髏城の七人 アオドクロ」 若くて青い捨之介も楽しみだ。

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<千秋楽記念髑髏城煎餅>

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宮が瀬

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<よい天気の土曜日は近くの宮が瀬ダムまでドライブ>

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はぢめての婦人科検診「乳がん検診篇」

女も40の坂に差し掛かると、さすがに自分の健康に無関心ではいられない。

定期健康診断は会社で受けているため、年々増えていく体重とコレステロールは何年も前から無関心どころの騒ぎじゃないが - それはおいといて(おいておくなよ)

問題はそれ以外のところ。

それは婦人科検診(乳がん検診含む)。

もちろん会社で補助がでるから自主的に受ければよいのだけれど、子供を持たず特にその方面の不具合も無かったため、婦人科にほぼ無縁だった私は根拠の無い不安がある。

曰く男の先生だったらいやだな(男性の先生すみません)
曰く何時間も待たされると時間の無駄だな。
曰く無下に扱われたら泣いちゃうな
云々

まあ、きっと私のように感じるクライアントも多いのであろう。最近増えてきたのが「自由診療」による婦人科検診。
保険が利かないためむっちゃ高いのだけれど、高度な検査技術と顧客満足度に配慮した接客と施設で不快な思いをせずに高度な検診が受けられる由 -

これよ。これこれ。

さっそくインターネットで予約(そう。インターネットで予約ができるのだ)

第一弾「乳がん検診篇」

青山にある「南青山ブレストケア
エステサロンのような内装。にこやかなスタッフ。一度の検査は私ひとり。

まず触診と問診。先生は男性だけど非常に信頼がおけそうだ。

次はマンモグラフィ
- 乳房X線撮影という、とにかく乳をひっぱってはさんでレントゲンをとるのだ。日本ではまだ扱っている病院は少ないが、触診ではみつかりにくい小さな癌までみつかるという有効な機器。ただ撮る際にぐいーっと伸ばされるため、貧乳の方はどうするのかといらぬ心配が。

そして超音波。
映像をみながら丁寧に解説していただく。

-

30分でおわってしまった。午後休暇をとっていったのだが、これなら仕事の合間にも来ることができるなあ。

最後に先生の説明で終わり。

近年、胸部におできのようなものができて不安だったのだが、問題ないということで一安心
マンモグラフィのレントゲンを記念にもらった(どう使えと)

これで26,000円 - うーむ、自由診療って高い。でも永年の気がかりが解消されたのだからよしとしよう。

次は来週。いよいよ婦人科の方であるー。

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<関係ないけど検診後に食べた千疋屋「創業170周年記念フェアさくらんぼパフェ」。激うま!>

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最近の修学旅行お台場篇

今日の夕方、お台場デックス東京ビーチのレストラン「チャンタイ」のテラス席でタイ料理を食べながら夕日を眺めていたら。

突然、テラス続きの隣のレストランに(たぶん中学生の)修学旅行生団体がどやどやとはいってきてテラス席についた。先生(もしくはツアコン?)が「食事はバイキング形式です。ソフトドリンクは飲み放題です」と指示をだしていたのだ。

最近の中学生の修学旅行はお台場のレストランで夕焼けの海をみながら夕食を食べるのか?

愕然としました。いつの間にそんな洒落たことを!

そしてその後、海岸をお散歩していて、サンセットクルーズしている修学旅行生団体をみかけて、さらに愕然としたのでありました。

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ネコ科ネコ属"アオムケネコ"類

あなたの家の猫のデフォルトの姿勢は何ですか?

うちの猫は「あお向け」です。

会社の同僚に拾われた捨て猫。
命名 春風猫丸(出典:究極超人あ~る)

我が家に来て1年。

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<初日の写真>

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<数ヵ月後の写真>

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<いま>

どんどん膨れていまは6Kg。

でぶです。

でぶだから安定性がいいのか、気がつくとこの格好で熟睡。

あおむけあおまると呼ばれている。

前に飼っていた猫は、こんなことしなかった...

ただ、最近気がついたのだけど、愛猫雑誌やネットにあがってる猫写真
妙にあおむけポーズが多い。

ひょっとして新種のイエネコ?

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