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心地よい疲れが身体中を満たしている。

やり遂げた。結果を出した。あの喝采。皆の満足した顔。なによりも自身が感じた手応え。そしてまたはじめることができる素晴らしさ。この高揚感!世界中に感謝したい。いや感謝するとしたら -

目を閉じて椅子に座っていたら、楽屋のドアを叩く音。ノブが回ってがちゃりと開き、見慣れた姿がひょいと入ってくる。

「あ、やっぱりまだいらしたんデスかー?センパイー、もうみんな着替えて打ち上げ会場に行っちゃってマスよー。主役がいないとはじまりませんヨー」

「ああ、すぐ追いかけるから先にいってろ...あ、ちょっと待て、こっちに来い」手招きをすれば、その華奢な姿は素直に傍に駆け寄ってくる。

「なんデスかー?はぎゃっ!な、ナニするんですかセンパイー!!」「ナニって...握手だ」 

華奢な身体に似合わぬ大きな手。長い指。そこから紡ぎだされる天上の音楽は俺を変え、そしてこれからも変わらずに傍にあって -

「まあ、これからもよろしく...パリに行ってもがんばろうな」「ギャハ!よろしくお願いしマス。ずっと一緒ですね!」

そう、新しい地でいろいろなものを見て感じて - ずっと一緒に。

「ふたりのラブはこれからも絶好調デスね!」「はぁ?ラブじゃね~!」「もう、センパイってば、往生際が悪すぎデス!」

ああ、俺はきっと往生際が悪いんだ。二人で奏でたいと感じる心は断じて色恋なんて不純なもんじゃねえ。もっともっと純粋で美しいものであるはずなんだ....多分。

「センパイー、ナニ楽屋で寝てるんですか?もう本番はじまりマスよ!」「寝てねーよ!」 目を開ければそこに変わらずいるのは少し大人になった彼女。胸元にはルビーのチャーム。深い赤のドレス。その姿は文句無く美しい(黙ってればな)。あのホールの楽屋から幾星霜。信じられないことに俺様はすっかりとこの変態ピアニストの僕と化しているし、周囲にそれを悟られることすらやぶさかではない。今の俺をあの頃の俺が見たら間違いなく目を疑うだろう。

「まあ、俺も若かったってことだな」「はい?なに言ってるんですかセンパイ」「ほら行くぞ、開演のブザーだ」
怪訝な顔をしている彼女はそれでも手を差し出す。その手をとって舞台への扉を開け二人で光の中へすすむ。

嵐のような喝采。美しく自信に満ちた女神(ミューズ)が俺に全幅の信頼を寄せて微笑んでいる。

至上の幸福。だがそれは通過点に過ぎないことも良くわかっている。

苦悩と葛藤の夜、感動と歓喜の朝をいくつも越えていまここにいる二人。いままでも。そしてこれからも。

いつだって、そこには天上の音楽があるのだ。

Fin

2007.05.27.ドラマ版に敬意を表して
2010.04.18.映画グランド・フィナーレに感銘を受けて改稿

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