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Le signe

秀麗な容姿でどこにいてもひときわ輝く存在の彼であるが、その性格は至って真面目でストイック。およそ生活の全てを音楽に捧げている仕事人間だ。時折ナニモカモ締め出して音楽に没頭する。そのナニモカモに自分も含まれているのは少し寂しいが、音楽オタクという点では、自分も五十歩百歩なので一方的に責めるつもりは微塵もない - 「仕方のないこと」と彼女は思っていた。

彼は彼女の自慢の恋人だが、欠点ももちろんある。こと音楽に関しては他人-特に彼女に対してひどく厳しくなること。もちろん自身にはそれ以上に厳しいので文句は言えないが。それともうひとつ、酒癖がちょっとアレなことだ。陽気な酒なのは良いことだが、ちょっとオヤジっぽくなるのが玉に瑕なのだ。

昨夜もそうだ。恩師との偶然の再会で彼女との約束を反故にした彼は、夜中に彼女の部屋をたいそうきこしめて訪れた。そして吃驚したことに平謝りに謝ったのだ。あのプライドが高い男の行動規範に「正座してあやまる」が含まれているとは知らなかった。約束を破られたことはとても哀しくつらいことだったが、彼の心の中に彼女が占める位置は自分が思っている以上に高いことがわかって思わぬ儲けものをしたと彼女はほくそえんだ。

それにしても酔った上での戯言とはいえ「受胎」とは! 自分も含めた女性の前では非常に紳士な彼の口からそんなセクハラめいた言動(行動つき!)がでるとは思わなかったので彼女はちょっと面食らったが、その後語られた例の曲の出自エピソードには大いに納得した。酔って薀蓄がでるのはオヤジの証拠だが。

「受胎」とは言いえて妙でもあり彼同様彼女も大いに感じているところだ。日々洪水のような音楽に身を曝していれば、それらが身のうちに流れ込み、彼女のカケラと結びつき、細胞分裂をはじめて、形をなし、動き始めるのだ。 彼女は昨夜彼が触れた下腹のあたりに手をやった。いままさに熱く猛々しいものが彼女の中で育ち、蠢き、月が満ちて産まれ出る時をまっている。

産んでやる - と彼女は思った。私の愛しい子供たち。彼女と音楽 、 そして彼女の中に刻まれた彼の一部から作られたもの。

「負けませんヨ!」 彼女はこぶしを突き上げて高らかに宣言する - キャンパスの真ん中で。

Fin

2007.5.18

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